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マダニが媒介する新たなウイルス感染症「エゾウイルス熱」を発見-北大ほか

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2021年10月12日 AM11:00

さまざまな病原体を有するマダニ、未発見の病原体が存在する可能性も

北海道大学は9月22日、発熱や筋肉痛などを主徴とする感染症の原因となる新しいウイルスを発見し、このウイルスを「」と命名したことを発表した。この研究は、同大人獣共通感染症国際共同研究所の松野啓太講師らの研究グループと、同大学院獣医学研究院、同大学ワンヘルスリサーチセンター、市立札幌病院、北海道立衛生研究所、国立感染症研究所、長崎大学、、北海道医療大学らとの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより

マダニは人間や動物から吸血する節足動物で、さまざまな病原体を媒介する。北海道ではダニ媒介脳炎の原因となるダニ媒介脳炎ウイルスや、ライム病や回帰熱の原因となるボレリア属細菌が確認されている。一方、西日本から関東にかけては、日本紅斑熱の原因となるリケッチア属細菌に加え、最近では、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の原因となるSFTSウイルスが問題になっている。解析技術の発展によって世界各地のマダニからウイルスを含む新たな微生物が次々と発見されており、マダニ中には未発見の病原体がまだ存在していると考えられている。

研究グループは、2019年に北海道でマダニと思われる虫に刺された後、発熱と下肢痛を主訴に受診した患者1人から、過去に報告されていない新規ナイロウイルスを検出し、国立感染症研究所刊行の病原微生物検出情報に報告した。今回の研究は、当該患者の症例報告を含む続報となる。

2人の患者検体から新規ナイロウイルスを発見、「エゾウイルス」と命名

研究グループは、2019年および2020年に札幌市内の病院を受診した2人の患者の検体から、免疫不全マウスと培養細胞を用いてウイルスを分離培養した。これらの患者はいずれもマダニに刺された後、数日〜2週間程度のうちに発熱・血小板減少といった急性症状を示した。培養したウイルスは、遺伝子配列解析装置を用いてウイルス種を同定した。また、ウイルス遺伝子の検出方法と、ウイルスに対する特異抗体の検出方法をそれぞれ樹立し、同感染症の実態把握のための疫学調査を行った。

培養したウイルスの遺伝子解析の結果、2人の患者は未知のナイロウイルスに感染していたことが判明。研究グループは、この新たなウイルスをエゾウイルス(Yezo virus)と命名した。患者が発熱していた期間にエゾウイルス遺伝子が血中から検出され、解熱後に消失していたことから、急性の熱性疾患の原因がエゾウイルスであると考えられた。

2014年以降、少なくとも7人の感染者が北海道内で発生していることが判明

樹立した遺伝子検査法を用いて、北海道立衛生研究所が保有する248検体を後方視的に調査した。これらの検体は、マダニに刺された後に発熱するなどしてダニ媒介性感染症が疑われ、同所に検査依頼があった症例の残余検体である。248検体から5つのエゾウイルス遺伝子陽性検体が発見され、最も古い陽性検体は2014年のものだった。先の2症例を合わせると、2014~2020年までの間に7人の感染者が発生していたことになる。これらの感染者に共通していたのは、6〜8月にマダニに刺されてから数日〜2週間の間に発熱や食欲不振が始まり、病院にかかった際には血小板減少や白血球減少、肝臓の機能を示す検査項目の異常値といった、SFTSでもよく見られる症状を示す点だという。なお、この7人は北海道内での感染が疑われている。また、7人の感染者のうち、回復後の検体が残っていた4人については、エゾウイルスに対する抗体ができていたことも判明した。

エゾウイルスはマダニによって媒介されるウイルスで、北海道に定着している可能性

ウイルス遺伝子の全長塩基配列を解読し系統解析した結果、エゾウイルスはナイロウイルス科の中ではオルソナイロウイルス属に分類され、2016年にルーマニアでマダニから見つかったスリナウイルス(Sulina virus)に最も近縁であることが判明。しかし、スリナウイルスのヒトや動物に対する病原性は明らかになっていない。一方、スリナウイルスの次にエゾウイルスに近縁なタムディウイルス(Tamdy virus)のグループは、中華人民共和国黒竜江省や新疆ウイグル自治区において、ヒトに急性熱性疾患を起こすウイルスとして報告されている。

樹立した抗体検査法を用いて、北海道内の野生動物におけるエゾウイルスに対する抗体調査を実施したところ、エゾシカで0.8%(6/785個体、2010〜2019年)、アライグマで1.6%(3/182個体、2017〜2020年)の抗体陽性個体が見つかった。また、同じく北海道内のマダニにおけるエゾウイルス遺伝子調査を実施したところ、調査したオオトゲチマダニ、ヤマトマダニ、シュルツェマダニでそれぞれ3.7%(4/108個体)、1.9%(4/213個体)、1.3%(2/156個体)が、エゾウイルス遺伝子陽性だったという。これらの結果は、エゾウイルスが他のナイロウイルス同様にマダニによって媒介されるウイルスで、すでに北海道に定着していることを示している。

エゾウイルスの全国的な分布状況や患者発生動向を明らかにしていく予定

エゾウイルス感染症(エゾウイルス熱)は、日本国内では初めて確認されたナイロウイルスによる感染症。ナイロウイルスのほとんどはマダニの吸血によって媒介されるウイルスで、エゾウイルスも同様に、マダニの吸血によって体内に侵入すると考えられる。エゾウイルス熱の主症状である発熱や血小板減少などは、同じくダニ媒介性感染症であるSFTSや回帰熱に類似しているため、診断を目的に各地でエゾウイルス検査体制を早急に整える必要がある。

今回の研究では北海道のみを研究対象としていたが、本州の一部地域で実施した調査では野生動物からエゾウイルス特異抗体が確認されており(未発表)、北海道以外の地域でもエゾウイルス熱患者が発生する可能性がある。なお、エゾウイルスという名はブニヤウイルスの慣習的な命名則に従い、最初にウイルスが発見された地域の地名にちなんだものであり、分布が北海道に限定されているという含意はない。今後の調査で、エゾウイルスの全国的な分布状況や患者発生動向を明らかにしていく予定だとしている。

地域問わず、住まいや訪問先の地域自治体から出されているマダニ情報に注意が必要

エゾウイルス熱による死者は今回の調査では未確認だが、エゾウイルスに感染した患者の病気の進行や重症度およびSFTSや回帰熱などとの症状の違いについて、より多くの患者を追跡して情報を得る必要がある。また、今回の研究でエゾウイルスとボレリア属細菌に重複して感染している検体が複数見つかったことから、これまで回帰熱と診断されていた症例に一定数のエゾウイルス熱患者が含まれていたと考えられる。実験動物を用いた実験室内感染モデルを樹立するなどして、エゾウイルス熱の病態解析を進める必要がある。

少なくとも北海道の林野においては、これまでもマダニがエゾウイルスを保有していたと考えられるため、今回の発見により、当該地域を訪問する危険性が突然高くなるわけではないという。しかし、マダニなどの吸血性節足動物に咬まれることで感染症に罹患するリスクは地域を問わず存在するため、住まいや訪問先の地域自治体から出されている注意喚起やマダニ情報などに留意する必要があるとしている。

北海道大学大学院獣医学研究院と人獣共通感染症国際共同研究所は、共同でワンヘルスリサーチセンターを設立し、今回発見したエゾウイルス熱のような未知の疾患の原因探索を、ヒト・動物の垣根なく受け入れる体制を構築しており、この体制を生かし、今後も社会貢献に努めていくとしている。

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