産後2.5年時の母親の身体的健康および精神的健康に及ぼす影響を調査
富山大学は10月7日、妊娠中の母親に存在していたソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が、産後になくなってしまうと、特に精神面で母親の健康状態が悪化することを、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」によって明らかにしたと発表した。この研究は、同大学術研究部医学系公衆衛生学講座の松村健太講師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Epidemiology」に掲載されている。
画像はリリースより
周産期から産後にかけての女性は、疲労感や痛み、抑うつ症状、不安感など、健康上の問題を抱えやすくなり、この不調は産後数年に及ぶ。出産前後のこのような体調不良に影響を及ぼす要因の一つに、ソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感の欠如があると考えられてきた。実際、これまでの研究でも、妊娠中のソーシャルサポートが産後数か月間だけではなく数年間にわたり、母親の身体的健康および精神的健康の維持に有効に作用することが明らかになっている。
しかし、長引く母親の体調不良をふまえた、複数の時点におけるソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感の影響については、十分な研究がなかった。こうした中、2020年、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」のデータを用いて、妊娠中のソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が豊かであると、特に精神面で母親の健康状態が良好になることを明らかにしてきた。この先行研究をうけ、今回の研究では調査時点を追加し、妊娠中と産後2.5年時のソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が、産後2.5年時の母親の身体的健康および精神的健康に及ぼす影響を調べた。
「親しい友人や隣人」「精神的な支えとなる人」の有無をソーシャルサポートとして質問
研究グループは、9万71人の母親を対象とした妊娠中と産後2.5年時に実施した質問票調査を解析した。母親の身体的健康状態および精神的健康状態は健康関連QOL尺度(SF–8)から数値化し、ソーシャルサポートおよび地域住民と人に対する信頼感の有無は次のような項目で質問し判定した。
ソーシャルサポートに関しては、「親しい友人や隣人」「精神的な支えとなる人」の有無を尋ねた。地域住民と人に対する信頼感に関しては、「人は自己中心的であると考えているか」「近隣住民はお互いに信頼していないと考えているか」を尋ねた。その上で、妊娠中と産後2.5年時の双方でソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が存在する場合を基準とし、二時点のいずれか、または双方で、ソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が存在しない場合とを比べた。解析では、周辺構造モデルを用い、「もしソーシャルサポートがなかったらどうなっていたのか?」という反事実仮定に基づく因果推論を行い、その効果を推定した。
「産後2.5年時のみ存在しない」場合、精神的健康に関する得点が低値
その結果、ソーシャルサポートが妊娠中と産後2.5年時の双方で存在する場合に比べ、(A)妊娠中のみ存在しない場合、(B)産後2.5年時のみ存在しない場合、(C)双方で存在しない場合のいずれも、精神的健康に関する得点が低くなった。「親しい友人や隣人」では(A)-2.43点、(B)-6.23点、(C)-3.98点。「精神的な支えとなる人」では(A)-0.98点、(B)-4.94点、(C)-4.85点であった。
同じく、地域住民や人に対する信頼感が存在しないと(A)妊娠中のみ考えていた場合、(B)産後2.5年時のみ考えていた場合、(C)双方で考えていた場合のいずれも、精神的健康に関する得点が低くなった。「人は自己中心的である」では(A)-1.73点、(B)-3.64点、(C)-3.82点。「近隣住民はお互いに信頼していない」では(A)-0.77点、(B)-1.84点、(C)-1.91点であった。ソーシャルサポート、地域住民や人に対する信頼感のいずれについても、特に(B)の産後2.5年時のみ存在しない場合に値の低下が顕著に見られた。
一方、身体的健康に関する得点はどの質問項目や時点においても、ソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感の欠如による大きな影響が見られなかった。また、全体的に妊娠中は身体的健康状態の方が悪く、産後2.5年時は精神的健康状態の方が悪い傾向にあったという。
産後数年にわたって母親を継続的にサポートし続けることの重要性を示唆
これらの結果から、産後のソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が、特に精神的な健康状態を良好に保つために重要であることが明らかになった。このことは、産後の母親に対し、数年にわたって継続的にサポートし続けることの重要性を示している。
今回の結果を踏まえ、次の観点からさらなる研究が望まれる。第一に、健康状態の評価を自己回答の質問票のみに頼っている点である。第二に、近年のテクノロジー発展に即したコミュニケーション方法を確認していない点である。母親のソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感を得る手段として、電話やSNS、インターネットなどを利用しているか、こうしたメディアを介するコミュニケーションは対面式と同じ効果が得られるのかという疑問が残る。第三に、今回の研究では愛情や好意といった感情的なソーシャルサポートを測定したが、道具的、情報的など別の種類のソーシャルサポートについても測定すべき点と考えられる。
「産後2.5年以降も追跡調査をし、産後の母親に継続してソーシャルサポートを提供することの重要性が周知されて、母親の健康状態を長期的に把握しサポートする仕組み作りにつながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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