従来の消毒液、過度の使用により健康や環境被害に
東京大学は10月5日、メゾスコピック構造をもつ重炭酸カルシウム結晶からなる消毒剤(CAC-717)が新型コロナウイルスを不活化することを明らかにしたと発表した。この研究は、東京大学大学院農学生命科学研究科持続可能な自然再生科学研究室の横山隆特任教授(慶応義塾大学医学部訪問研究員)、小野寺節特任教授、播谷亮特任教授、杉浦勝明特任教授、慶応義塾大学の長谷川直樹教授、西村知泰専任講師、上蓑義典専任講師、小崎健次郎教授、一般社団法人ミネラル活性化技術研究所の古崎孝一代表理事、株式会社サンタミネラルの太西るみ子代表取締役、酪農学園大学の桐澤力雄教授の研究グループによるもの。研究成果は、「Microorganisms」に掲載されている。
画像はリリースより
世界中で新型コロナウイルスの蔓延が続き、その対策として、社会的距離の確保、手指の洗浄・消毒が行われている。感染の封じ込めには、環境(特に病院、老人施設)におけるウイルス量の低減が必要だ。多くの市販の消毒薬で、新型コロナウイルスに対する有効性が確認されており、特に、エタノールと次亜塩素酸ナトリウムは高い効果があることが知られている。
しかし、エタノールは可燃性で、使用の際には適度な換気が必要。また、次亜塩素酸ナトリウムは、酸性物質と共に使用すると有毒ガスを発生するほか、皮膚や粘膜への刺激も強く、有機物の混在では効果が低減するなどの注意が必要とされる。消毒薬は、適正な濃度、条件での使用が求められ、過剰または過度の使用は健康ならびに環境被害につながる。新型コロナウイルスの消毒はさまざまな場所、環境で行われていることから、非侵襲性、低毒性、環境負荷の少ない消毒薬が望まれている。
ノロウイルスなどを不活化することで知られる「CAC-717」
物質を構成する粒子は巨視的スケールでは均にみえても、微視的スケールまたはその中間のメゾスコピックスケール(約2~50nm)では、複雑な構造をとっている。物質の構造は、粒子の位相、相関、順序、結合強度などのドメインネットワークによって決定され、構造の違いは、物質に新たな性状を付与することが知られている。一例として、炭素原子が存在形態によりさまざまな特性の物質を構成することは良く知られている。
CAC-717は、重炭酸カルシウムのメゾスコピック構造体を主成分とし、ノロウイルス、インフルエンザウイルス、プリオンを不活化することが知られている。この構造体(FDA/USA Regulation No.880.6890、クラス1消毒剤、日本特許No.5778328)は、周囲の水を電気分解し、産生した水素イオンを構造体内部に吸蔵するため、見かけ上の水酸化イオンの上昇を生じ、水溶液をアルカリ性(pH12.6)にする。他のイオンを含まないため強アルカリにもかかわらず、毒性、刺激性は認められない。また、動物やヒトの皮膚の上では急速に放電が起こり中性となる。研究グループは今回、CAC-717構造体の新型コロナウイルスに対する効果について検証した。
CAC-717の強いアルカリ性が不活化に寄与、有機物の混在下でも不活化
新型コロナウイルスに対して、9、49、99倍量のCAC-717を加えたところ、感染価の著しい低下が確認された。49および99倍量のCAC-717では、市販のエタノール消毒薬と同等の効果が示された。さらに、CAC-717は標準株(WK-521)のほか、検査したすべての変異株に対して抗ウイルス作用を示した。
CAC-717をHEPES(緩衝液)で中性にすると、その抗ウイルス作用が失活する。このことから、CAC-717の強いアルカリ性がウイルスの不活化に働いていることが示された。新型コロナウイルスの感染性に及ぼすpHの影響を調べたところ、pH12.4(CAC-717と同じpH)では、著しい感染価の減少が示された。さらに、CAC-717の抗ウイルス作用は、有機物(牛血清アルブミン)が混在しても維持されることが示された。
今後、現場での実証試験を
研究により、メゾスコピック構造をもつ重炭酸カルシウム結晶は新型コロナウイルスを短時間(15秒以内)で不活化することが示された。CAC-717は有機物の存在下でも抗ウイルス作用を維持するが、効果の維持にはアルカリの維持が必要となる。汚染環境や強酸性の環境への使用の際には、事前の水洗または多量のCAC-717の使用が推奨される。CAC-717の効果は市販のエタノール消毒薬と同等と考えられる。「非侵襲性、非可燃性、非刺激性で環境負荷の少ない本剤は消毒薬として、幅広い応用が期待される。今後は、実際の現場での実証試験が求められる」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 研究成果