日本におけるPPGL患者の生殖細胞系列バリアントの保有率は?
筑波大学は9月27日、日本人の褐色細胞腫・パラガングリオーマ(PPGL)患者370人を対象に遺伝子検査などを行った結果、患者全体の32.4%で発症原因となる遺伝子変異(病的バリアント)を生まれつき保有していたことが判明したと発表した。この研究は、同大医学医療系の竹越一博教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cancers(Basel)」に掲載されている。
画像はリリースより
PPGLはそれぞれ、副腎および傍神経節から発生する腫瘍。褐色細胞腫や交感神経由来のパラガングリオーマの多くはアドレナリンやノルアドレナリンなどのホルモンを産生する。そのため、患者は高血圧や頭痛、動悸、発汗などの多彩な症状を呈し、ときに心臓や脳などに急激な障害をきたすことがある(褐色細胞腫クリーゼ)。一方、ホルモンの産生が弱い、あるいは産生がない腫瘍も存在し、健診で実施された超音波(エコー)検査やCT検査で偶然、見つかることがある。また、PPGLは肺や肝臓、骨などに遠隔転移する症例(転移性PPGL)があることから、2017年のWHOの内分泌腫瘍分類において、潜在的な悪性腫瘍と位置づけられている。
PPGLのもう一つの特徴として、生殖細胞系列バリアントの保有頻度が高い遺伝性腫瘍であることが欧米の研究で明らかになってきた。また、PPGLを引き起こすドライバー遺伝子は一つではなく、多数の遺伝子(2021年現在、少なくとも20以上)の報告が相次いでいる。そのため、海外のガイドラインではPPGLを発症した全ての患者で遺伝子検査を考慮すべきとされている。しかし、アジア、特に日本におけるPPGL患者の生殖細胞系列バリアントの保有率は明らかになっておらず、PPGLに対する遺伝学的検査は保険適用になっていない。
日本人PPGL患者370人対象、7つのドライバー遺伝子について調査
今回、研究グループは、全国56施設の協力のもと、PPGLと診断された患者における代表的な7つのドライバー遺伝子のバリアント保有率を明らかにした。そして、ドライバー遺伝子と遠隔転移頻度との関連性について検討した。
研究グループは、2007年2月から2020年3月までに国内においてPPGLと診断され、遺伝カウンセリングを実施の上で検査に同意が得られた370人の患者を対象に遺伝子検査を実施。MAX、SDHB、SDHC、SDHD、TMEM127、VHL、RETの7遺伝子を解析し、生殖細胞系列バリアントの保有率を調査した。なお、バリアントが同定された場合には世界標準のガイドラインにしたがって病的バリアントか良性のバリアントか病的意義が未確定のバリアントかを分類した。
患者全体の32.4%、家族歴ない患者も24.8%が生殖細胞系列バリアントを保有
その結果、患者全体の32.4%(120人)で7遺伝子のいずれかに病的バリアントを保有することが判明。頻度の高いドライバー遺伝子のトップ3はSDHB(57人、15.4%)、SDHD(27人、7.3%)、VHL(18人、4.9%)だった。驚くべきことに、PPGLの家族歴や特徴的な随伴疾患がなく、一見すると遺伝性が疑われない患者に限定しても、約4人に1人の患者が(24.8%,81/327)生殖細胞系列バリアントを保有していた。
腫瘍部位別にみると、片側の褐色細胞腫ではバリアント保有率が9.2%とやや低めだが、それ以外の両側褐色細胞腫、頭頸部や胸腹部のパラガングリオーマ、多発性PPGLでは32.2〜69.0%といずれも高頻度にバリアントが認められた。病的バリアントが同定された患者は、病的バリアント陰性患者に比べて転移性PPGLの頻度が統計学的に有意に高く(24.2%対13.4%)、特にSDHBバリアントを保有する患者の3人に1人以上(36.8%)が転移性PPGLだった。以上の結果から、日本人PPGL患者においても生殖細胞系列病的バリアント保有率の高さが実証され、SDHBバリアントが転移性PPGLの高リスク群であることが確認された。
術後の適切なフォローアップ、未発症血縁者の早期発見・早期治療につながると期待
PPGL患者において病的バリアントの有無を診断後早期に確認することは、遠隔転移のリスクを把握し、術後の適切なフォローアップにつながる。実際に、PPGL診断後早期から遺伝子ごとの転移性リスクを勘案してフォローしたSDHBやVHLバリアント保持者では、遺伝子検査が遅れた群と比較して臨床転帰が良いことが報告されている。また、PPGLのドライバー遺伝子の多くは常染色体優性遺伝形式をとるため、第1度近親者(親・子)は50%、第2度近親者(孫、祖父母など)は25%の可能性で患者と同じバリアントを保有している可能性がある。患者の血縁者において、PPGLを発症していない時点で遺伝子バリアントを保有していることがわかれば(未発症保因者診断)、速やかに定期的なスクリーニングを開始することで早期発見・早期治療へと発展する可能性がある。
今回の研究で示された日本人PPGL患者における病的バリアントの保有頻度の高さは、遺伝学的検査の臨床的妥当性を示す一つの根拠となる。そのため、同研究成果は、PPGLに対する遺伝学的検査が日本で保険収載されるための重要な基盤論文となると考えられる。さらに研究チームは、次世代シーケンサーを用いて12遺伝子を一度に包括的に検索するPPGL遺伝子パネル検査を「つくばi-Laboratory LLP」と共同で開発し、2021年4月より運用を開始している。この研究により、これまでバリアント陰性と考えられていた患者においてまれなドライバー遺伝子のバリアントが同定され、遺伝性PPGLの頻度の高さがより明らかになる可能性がある。また、最新の遺伝子編集技術を用いてSDHBバリアントを保有するPPGLを模倣した細胞株モデルを作成済だという。研究グループは、これらの研究によって、遠隔転移を引き起こすメカニズムやバリアントを有するPPGLに対する治療ターゲットの解明を目指すとしている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL