MSにおける血液浄化療法の有効性に関わるバイオマーカーを探索
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は9月28日、血液浄化療法を実施した多発性硬化症(MS、multiple sclerosis)難治例31例の解析により、同治療によって症状の改善がみられる例(レスポンダー)の特徴として、血液リンパ球の一種でインターフェロンγ(IFN-γ)を産生する1型ヘルパーT細胞(Th1細胞)の割合が有意に増加していること、同細胞の測定がレスポンダーであるかどうかの予測に有用であることを明らかにしたと発表した。この研究は、NCNP神経研究所免疫研究部の木村公俊研究員(現・Brigham and Women’s Hospital Department of Neurology、前・京都大学大学院医学研究科 臨床神経学)、山村隆特任研究部長、NCNP病院脳神経内科の林幼偉医師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Annals of Neurology」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
MSは、中枢神経系(脳や脊髄)に炎症が起こり、運動・感覚・視力・認知などさまざまな機能に障害をきたす自己免疫疾患。発症年齢のピークは20~30歳頃で、再発と寛解(症状の悪化と改善)を繰り返しながら徐々に障害が蓄積していく。これまでにさまざまな治療法が開発されているが、治療効果には個人差があり、難治例も少なくないことが実情だ。
血液浄化療法も、薬物治療の効果が不十分な場合にMSに施行され、顕著な効果をみることがあるが、その治療効果には大きな個人差がある。また、患者の身体的負担、治療に伴う副作用のリスク、社会的なコスト等の懸念点も存在する。事前に治療効果を予測する検査法(バイオマーカー)が確立すれば、必要な場合に躊躇なく実施することが可能になり、医療の向上や医療費削減につながることが期待される。そこで研究グループは、MSの層別化による個別化医療の実現、MS病態の多様性の解明を目的として、血液浄化療法の有効性に関わるバイオマーカーの探索を進めた。
レスポンダー群ではIFN-γ産生Th1細胞が有意に高値
まず、血液浄化療法の一種である免疫吸着療法(IAPP:immunoadsorption plasmapheresis)を受けるMS患者において、治療開始前に末梢血中の各種免疫細胞比率をフローサイトメーター(FCM)で解析した。得られたデータは、個々の患者の治療に対する反応性(治療の有効性)と対比させた。治療効果の判定を行う脳神経内科医は、FCM解析の結果を知らされずに、EDSS(Expanded Disability Status Scale)(重症度の指標)に改善がある患者をレスポンダー、それ以外の患者をノンレスポンダーと評価した。
解析の結果、まずIFN-γを産生するCD4+T細胞(Th1細胞)の割合が、レスポンダー群において有意に高値であることがわかった(p=0.0002)。また、別の血液浄化療法である二重膜濾過血漿交換療法を受けた患者においても同様の結果が得られた。一方、他の炎症性・制御性CD4+T細胞、CD8+T細胞、一般的なB細胞系集団、NK細胞、NKT細胞、単球等には、レスポンダー群とノンレスポンダー群の間で有意な差を認めなかった。Th1細胞割合の差は明確であり、ROCカーブからは、レスポンダーの効果予測マーカーとして良好な感度・特異度を有するものと判定された(AUC=0.902)。なお、レスポンダー群、ノンレスポンダー群間において、年齢・性別・臨床病型・治療開始時の再発の有無・罹病期間・治療前のEDSSには有意な違いを認めなかった。
Th1高値の病態は、CD11c+B細胞を介した病原性Igの関与する病態と示唆
次に、Th1細胞割合が高い患者群で血液浄化療法が奏功する背景機序について、検討を進めた。血液浄化療法の前後で、Th1細胞割合には変化を認めなかったが、治療後に、Th1細胞内で、炎症性機能に重要なIFNG、STAT1やSTAT4遺伝子の発現が低下した。さらに、B細胞に属する細胞集団(サブセット)を詳細に検討したところ、Th1細胞割合高値の集団ではCD11c+B細胞割合が高いことを見出した。
最近になって、CD11c+B細胞は、全身性エリテマトーデスや関節リウマチなど、MS以外の自己免疫疾患において、病原性免疫グロブリンを産生するサブセットであることが報告されている。そこで、CD11c+B細胞の性質を探るために遺伝子発現プロファイル解析を行ったところ、MS患者ではCD11c+B細胞が他のB細胞集団と比較して特徴的なフェノタイプ(表現型)を有していることが判明。また、CD11c+B細胞は免疫グロブリン産生能が高いことがわかった。
さらに、興味深いことに、末梢血中のTh1細胞のIFNG発現量とCD11c+B細胞割合には正の相関が認められ、治療後にCD11c+B細胞割合が減少していた。他の詳細な検討をあわせて、上記のTh1細胞の割合が高い病態は、CD11c+B細胞を介した病原性免疫グロブリンの関与する病態であることが示唆された。
MSを「症候群」と考え多様性を深く解析することが個別化医療の実現につながる
今回、MSに対する血液浄化療法においては、Th1細胞におけるIFN-γ産生低下、IFN-γと密接に関連するCD11c+B細胞の減少、さらにCD11c+B細胞から産生される病原性免疫グロブリンの除去、という機序が組み合わさって効果が生じることが示唆された。今回見出された病態機序は、MSにおいてこれまで知られていないものであり、今後、他治療との関連等において応用が期待される。
MS診療においては、つい最近まで、視神経脊髄炎やMOG抗体関連疾患が、症状や臨床経過の類似点からMSとして扱われていた経緯がある。視神経脊髄炎やMOG抗体関連疾患は、MSの治療薬で病勢が悪化することがある。視神経脊髄炎やMOG抗体関連疾患を除いたMSについても多種の病態を包含した「症候群」であると考えられ、治療成績を向上させるためには、MSの多様性を深く解析することが必要となる。
今回の研究で見出されたTh1細胞割合が高い病態が、MSの一亜型であるのか、もしくは同一患者においても経時的に変化しうるような病態であるのかについては、さらに検討する必要がある。しかし、Th1細胞割合を測定することによって、血液浄化療法の必要なケースを適切に選べるようになれば、治療効率が大きく向上することが期待される。「本研究の成果により、少なくとも一部のMS患者群においては、遠くない将来に個別化医療の実現が期待される」と、研究グループは述べている。
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