精神的ストレス「のみ」による神経新生能への影響は?
東京理科大学は9月22日、うつ病の動物モデルとして代理社会的敗北ストレス(chronic vicarious social defeat stress:cVSDS)モデルマウスを使用し、精神的ストレスが海馬歯状回における新生神経細胞の生存率を大幅に低下させることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大薬学部薬学科の斎藤顕宜教授、吉岡寿倫氏(学部6年)、山田大輔助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Behavioural Brain Research」にオンライン掲載されている。
うつ病は、いまだに明らかになっていない部分が多い病気だが、過去の研究結果から、うつ病の病態生理に対し、海馬歯状回における神経新生能の低下が関与しているという「神経新生仮説」が提唱されてきた。この仮説を支持する研究データは蓄積されつつあるが、多くは身体的ストレスを加えたモデル動物での評価のみに留まっており、精神的ストレスと神経新生能との直接的な関係性は明らかになっていなかった。
そこで今回、研究グループは、妥当性の高いうつ病モデル動物として注目されているcVSDSモデルマウスを使用。このマウスは、実際に攻撃を受けるのではなく、他の個体が攻撃を受けている現場を目撃させることで精神的ストレスのみを与えている。cVSDSモデルマウスを用い、精神的ストレスのみが神経新生能に影響する環境を構築することによって、精神的ストレス単独の影響を明らかにすることを目的に研究を行った。さらに、うつ病の病理学的状態に対するcVSDS動物モデルの妥当性を再評価した。
cVSDSモデルマウスで新生神経細胞の生存率が大きく低下、増殖率は影響なし
研究グループは、先行研究を参考に、naive、IC(isolation control)、ES(emotional stress)の3種類にマウスを分類して実験を行った。
まず、精神的ストレスが海馬歯状回の新生神経細胞の生存率と増殖率に与える影響を調べるために、BrdU抗体をマウスに投与するタイミングを変え、BrdU陽性細胞を観察した。この結果、精神的ストレスは新生神経細胞の生存率にのみ影響し、増殖率には影響しないことがわかった。
また、精神的ストレスを加えてから4週間後を調査すると、naive、ICマウスと比較して、ESマウスのBrdU陽性細胞の数がはっきりと減少しており、長時間経過後も細胞生存率低下の割合が継続していたことがわかった。新生神経細胞が成熟し、正常に機能するまでに約4週間かかる。この間に、社会的回避行動が悪化することがわかり、精神的ストレス負荷中の神経新生に異常をきたしたことが原因ではないかと考えられた。
BDNFシグナルは新生神経細胞生存率の低下に関与しない
次に、ESマウスの細胞生存率の低下のメカニズムを明らかにするために、海馬歯状回におけるBDNF(Brain-derived neurotrophic factor:脳由来神経栄養因子)の免疫染色を行い、分布を調べた。BDNFは、神経細胞の生存、成長を調節するタンパク質で、新生神経細胞の長期生存には欠かせない物質。これについては、各マウス間で差が見られず、BDNFによるシグナルの伝達がESマウスの新生神経細胞生存率の低下には関与していないことがわかった。
既存の抗うつ薬で細胞生存率上昇、社会的回避行動も改善
最後に、治療薬の使用により行動障害や新生神経の細胞生存率を回復できるかどうかを調べた。その結果、既存の抗うつ薬であるフルオキセチンを慢性的に投与(22mg/kg/day)することによって、細胞生存率が上昇すると同時に社会的回避行動も改善できることが示された。
今回の研究成果について、斎藤顕宜教授は「昨今、うつ病罹患者は世界中で増加の一途を辿り、社会的な問題となりつつあるが、その詳細な病態生理はいまだ解明されていない。われわれは今回、代理社会的敗北ストレスモデルマウスにおいて海馬歯状回の新生神経細胞生存率が低下していること、それが既存の抗うつ薬によって改善することを明らかにした。これは、慢性的な精神的ストレスが海馬歯状回の神経新生における生存率に影響を及ぼすことを示す新たな知見。今後、本モデル動物がうつ病の病態生理の解明および新規うつ病治療薬の開発においてますます重要な役割を果たすだろう」と、述べている。
▼関連リンク
・東京理科大学 NEWS & EVENTS