TTF-1の発現が認められない肺腺がんは進行が早く予後不良
愛知県がんセンターは9月16日、肺腺がんの予後不良なサブタイプであるTTF-1陰性肺腺がんで、高悪性化をきたす分子生物学的メカニズムを詳細に解明したと発表した。この研究は、同センター分子診断トランスレーショナルリサーチ分野の田口歩分野長(兼名古屋大学大学院医学系研究科先端がん診断学連携教授)の研究グループと、名古屋大学大学院医学系研究科呼吸器内科学の田中一大病院助教(共同筆頭著者)、長谷川好規名誉教授、同大大学院医学系研究科呼吸器外科学の芳川豊史教授、米国MDアンダーソンがんセンターとの国際共同研究によるもの。研究成果は、「Journal of National Cancer Institute」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
肺がんは、罹患者数、死亡者数ともに増加の一途をたどっており、特に死亡者数は7万5,000人を超えて全がん種の中で最も多くなっている。肺がんにはいくつかの種類があるが、その中で発生頻度が最も高いのが肺腺がん。多くの肺腺がんではTTF-1という転写因子が発現しており、TTF-1は肺腺がんの組織学的診断にも用いられている。その一方で、さまざまな研究から、TTF-1の発現が認められない約20%の肺腺がんは進行が早く予後が悪いことが明らかになっている。そこで、TTF-1陰性肺がんがどのように悪性度を高めているのかを明らかにすることが、TTF-1陰性肺がんに対する新たな治療法の開発を進めるための喫緊の課題となっていた。
TTF-1陰性肺腺がんから分泌される「SRGN」、発現メカニズム明らかに
研究では、まず41個の肺腺がん細胞株の網羅的な遺伝子発現データとタンパク質発現データの解析から、「SRGN」がほぼTTF-1陰性肺腺がんからのみ分泌されていることを突き止めた。SRGNの制御機構を解明するためにTTF-1陰性肺腺がん細胞にTTF-1を発現させたところ、SRGNの発現は抑制されたものの、TTF-1陽性肺腺がん細胞でTTF-1の発現を抑制してもSRGNは発現しなかったことから、TTF-1とは別の分子メカニズムがSRGNの発現を制御していることが示唆された。
さらに興味深いことに、TTF-1陰性肺腺がんでは、NNMTというタンパク質が過剰に発現していることを見出した。NNMTは、必須アミノ酸であるメチオニンの代謝に関連する酵素であるが、メチオニン代謝経路からは遺伝子発現を制御する重要な分子メカニズムであるDNAメチル化に必須な代謝産物が供給されることがわかっている。そこで研究グループは、安定同位体標識トレーサー法などによって肺腺がん細胞のメチオニン代謝を解析した。その結果、TTF-1陰性肺腺がん細胞ではNNMTの過剰発現によってメチオニン代謝がリプログラミングされ、SRGN遺伝子のDNAメチル化が起こらなくなっており、SRGNの発現が誘導されていることが明らかになった。
SRGNはサイトカインやPD-L1の発現を誘導
次に、研究グループはSRGNの肺腺がんにおける機能解析に取り組んだ。SRGNはほぼすべての免疫細胞から分泌されており、炎症を起こすサイトカインなどの制御に関わっている。がん細胞から分泌されたSRGNは、がん細胞自身の遊走能、浸潤能を亢進させ、炎症性サイトカインであるCXCL1、IL-6、IL-8の発現や、免疫チェックポイント分子PD-1と結合して免疫細胞の機能を抑制するPD-L1の発現を誘導した。また、SRGNは線維芽細胞の活性化を促進したことに加えて、SRGNが制御するIL-6とIL-8は血管内皮細胞の血管新生を促進したことから、がん細胞から分泌されたSRGNは、より免疫抑制的でより増殖や転移に適した腫瘍免疫微小環境の構築に重要な役割を果していることが明らかになった。
予後予測と、免疫チェックポイント阻害剤の効果予測のバイオマーカーとしてSRGNは有用な可能性
さらに、米国MDアンダーソンがんセンターから提供された肺腺がん94症例、名古屋大学医学部附属病院から提供された肺腺がん105例においてSRGNの発現を検討したところ、SRGNが発現している症例では、有意に全生存期間が短く、また、PD-L1の発現が高いことを見出した。PD-L1の発現が高い腫瘍は、免疫チェックポイント阻害剤が有効である可能性が高いことが知られている。SRGNを発現させたマウス肺腺がん細胞を移植したマウスモデルにおいて、免疫チェックポイント阻害剤によって腫瘍が著明に縮小したことから、SRGNは予後予測バイオマーカーとしてだけでなく、免疫チェックポイント阻害剤の効果を予測するバイオマーカーとしても有用であることが示唆された。
今回、肺腺がんの予後不良なサブタイプであるTTF-1陰性肺腺がんにおいて、SRGNによる腫瘍免疫微小環境の構築がその高悪性化に重要な役割を果していることが明らかになった。研究成果は、SRGNや、腫瘍免疫微小環境、またNNMTなど関連する分子を標的とする新たな治療法の開発につながることが期待される。「SRGNの発現を解析することで予後予測、免疫チェックポイント阻害剤の効果予測など、肺腺がん症例の層別化とより精密な個別化医療の実現も期待できる」と、研究グループは述べている。
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