組織マクロファージが産生する血中タンパク質AIM、脳梗塞に対する効果は?
東京大学は9月15日、脳梗塞を発症させたマウスを用いた研究により、脳梗塞に対する apoptosis inhibitor of macrophage(AIM)の新しい治療効果を発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター分子病態医科学部門の宮﨑徹教授、新井郷子准教授、前原奈都美助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
脳梗塞は、高い死亡率と重度の障害を残す疾患であり、近年、生活習慣・食習慣の急激な変化に伴い、生活習慣病とともに患者数も上昇している。また最近では、新型コロナ感染症の合併症としても知られている。脳血管が血栓によって閉塞することにより脳神経細胞の壊死を生じ、壊死した神経細胞から放出されるdamage associated molecular patterns(DAMPs)によって持続性の無菌性炎症が生じ、周辺の脳組織にも傷害が広がることにより、患者予後を悪化させることが最近の研究から明らかになっている。そこで、梗塞後の無菌性炎症をいかに抑えるかが、脳梗塞の治療法戦略として注目されている。しかし、脳梗塞の治療法は、超早期の血栓溶解療法を除くと、脳圧低下を目的としたデキストランや濃グリセリン溶液の補液等の対症療法しかなく、前述の無菌性炎症を標的としたものを含め、いまだ効果的な治療法はほとんどないといえる。
宮﨑教授らのグループが以前発見した血中タンパク質AIMは、組織マクロファージの産生する血中タンパク質であり、これまで宮﨑教授のグループを中心に、腎疾患、脂肪肝、肝臓癌、肥満、真菌性腹膜炎、多発性硬化症などさまざまな疾患に対し抑制的な効果をもち、幅広い疾患に対する新規治療剤となる可能性を、主に動物実験で明らかにしている。健康時には、AIMは血中でIgM五量体と結合し不活性型として高い濃度(ヒトで5μg/mL程度)でストックされており、疾患発症に伴いIgMから解離し、活性型のAIMとして疾患治癒を促進することが知られている。このように、AIMがさまざまな疾患に対し治療効果を持つ可能性があることから、今回、宮崎教授のグループは、脳梗塞を発症させたマウスを用いて、AIMの脳梗塞に対する効果を検証した。
AIMは健常脳にはほとんどなく、脳梗塞発症に伴い急速に脳で発現
興味深いことに、健常時には、脳内でのAIM産生はほとんどなく、また血中に高濃度で存在するAIMも脳血流関門(BBB)によって遮断されているため、脳組織内にAIMは存在しない。しかし、脳梗塞発症に伴い、脳内のミクログリアや梗塞巣に浸潤したマクロファージによってAIMが産生され、脳内のAIM量は顕著に増加することが確認された。脳内で産生されたAIMは、梗塞により壊死した神経細胞に結合し、マクロファージによる死細胞デブリの貪食を促進していることが明らかになった。こうした現象は、ヒトの脳梗塞患者の脳内でも起こっていることも見出された。
AIMはDAMPsに結合しマクロファージ貪食を促進
また、AIMはさまざまなDAMPsと結合し、そのマクロファージによる貪食除去を促進することが明らかとなった。実際に、AIMを欠損したマウス(AIMノックアウトマウス)において、梗塞後の脳内のDAMPsが野生型マウスより有意に多く、梗塞後の脳内の炎症が野生型マウスより重度となることが確認された。
DAMPsは、マクロファージ細胞表面に存在するToll様受容体(TLR)やRAGEといった受容体に結合し、インターロイキン1β(IL-1β)やインターロイキン6(IL-6)などの炎症性サイトカインの発現を惹起することが知られているが、一部のDAMPsでは、AIMと結合することでTLRやRAGEへの結合が抑制されることもわかった。このように、AIMがDAMPs除去を亢進し、またDAMPsの持つ炎症惹起能力を抑制(中和)する結果、梗塞に伴って脳内のAIMが増加する野生型マウスにおいて、AIMノックアウトマウスより梗塞後の生存率は有意に高く、神経症状も改善することがわかった。
DAMPs結合部位は、IgM五量体結合部位と同じだった
さらに、研究グループは、AIMのDAMPsに対する結合様式についても検討した。その結果、AIMが持つ3つのシステインリッチドメイン(SRCRドメイン)の2番目のドメインに存在するフリーのシステイン残基と、AIMのC末端側の3番目のドメイン内に存在する正に荷電したアミノ酸のクラスターの2か所でDAMPsに安定的に結合していることが明らかになった。
興味深いことに、その2か所の結合部位は、以前明らかにしたIgM五量体との結合に用いられる部位と同じであり、それゆえ、IgM五量体に結合したAIMは、DAMPsに結合できない不活性型であることが判明した。
脳梗塞マウスにAIM投与で生存率と神経症状の改善を確認
最後に、研究グループは、AIMの経静脈的投与が脳梗塞に対して治療効果を持つかについてマウスを用いて検討した。健常時には、血中のタンパク質の脳組織への移動はBBBにより遮断されているが、脳梗塞後一定時間は、BBBが傷害を受けており、タンパク質の移動が可能になることが知られている。そこで、野生型マウスおよびAIMノックアウトマウスに脳梗塞を発症させ、翌日から1日1回500μgの組換えAIMを投与したところ、投与した組換えAIMはBBBを越えて脳内に到達し、DAMPsの減少と炎症の低下を誘導した。その結果、発症7日目における生存率と神経症状が、両方のマウスで顕著に改善した。
以上のように、AIMはDAMPsによる無菌性炎症を抑制することによる、脳梗塞の新しい治療法として期待できることが示唆された。研究グループは、「今後も患者数が増加することが予測される脳梗塞による医療財政への負担を軽減させ得る可能性もあり、その社会的インパクトは大きいと考えられる」と、述べている。
▼関連リンク
・東京大学大学院医学系研究科・医学部 プレスリリース