ネズミのモデルではヒトに有効な治療薬開発ができない
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は9月16日、自閉スペクトラム症(自閉症)モデルマーモセットの開発に世界で初めて成功したと発表した。この研究は、NCNP神経研究所微細構造研究部の一戸紀孝部長、渡邉惠研究員と中垣慶子研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
画像はリリースより
自閉症は他者との社会的関係を形成することやコミュニケーションの障害とくりかえし行動・固執性を主症状とする、人口の100人に1人以上で認められる主たる発達障害。これまでのマウス・ラットの自閉症モデル動物の研究では、その動物モデルの症状を緩和する薬物は見つけられたが、ヒトにおいて有効と認められる治療薬は開発できなかった。これは、マウス・ラットはヒトと進化的に遠く、彼らが形成する社会がヒトと異なっていることが原因ではないか、と考えられるようになってきた。そこで、ヒトに進化的に近く社会行動がヒトに似た霊長類・コモンマーモセットを用いた、新しい自閉症モデル動物の開発が世界中で追求されてきた。しかし、マーモセットは妊娠期間、性成熟期間がマウス・ラットに比べてはるかに長く、自閉症モデルの開発には時間がかかり困難だった。
妊娠中のマーモセットにバルプロ酸投与で自閉症モデル開発に成功
抗てんかん薬であるバルプロ酸は妊娠中の母親に投与されると、子供の自閉症リスクを上げることが知られている。これはバルプロ酸が形成時期の脳の正常な遺伝子発現を変化させる特徴を持っているためと考えられている。今回、研究グループは、バルプロ酸を妊娠中のマーモセットに投与することにより、自閉症モデルマーモセットを世界で初めて開発した。この自閉症モデルマーモセットは成長後に、行動、遺伝子発現、シナプスの異常において以下の3つの点で、ヒトの自閉症を的確に再現していることがわかった。
行動、遺伝子発現、細胞動態などヒト自閉症の特徴を再現
第1に、自閉症モデルマーモセットは、自閉症の言語発達の障害を思わせる鳴き声の発達異常を示した。また、ヒト自閉症と同様に複雑な社会へ適応するための能力(第3者互恵性判断、不公平忌避)に障害を示した。このような高次社会性能力の障害を、マウス・ラットの自閉症モデルではテストできていなかった。
第2に、自閉症モデルマーモセットは、脳の遺伝子発現変動がヒトのそれと高い相関を持った。また、脳には神経細胞とその働きを助ける3つのグリア細胞(オリゴデンドロサイト・アストロサイト・ミクログリア)の4種類の細胞タイプがある。自閉症モデルマーモセットは、この4種類の細胞タイプすべてに関連する遺伝子群でヒトの自閉症の遺伝子発現変動を再現していた。これと対照的に、遺伝子改変などで作成されたマウス・ラットの自閉症モデルは多くても2種類の細胞タイプに関連する遺伝子群でしかヒト自閉症の遺伝子発現変動を再現していなかった。これまで、マーモセットを含む霊長類の精神・神経疾患モデルが、マウス・ラットのモデルよりもヒトの病態に近いと期待されていたが、この自閉症モデルマーモセットはそれが客観的に示された世界で初めてのケースとなった。
第3に、自閉症モデルマーモセットはシナプスの過剰形成というヒトの自閉症の示す特徴を持っていた。
以上のことにより、自閉症モデルマーモセットは、マウス・ラットの自閉症モデルと比較してより広くヒト自閉症の病態を再現するモデル動物であると考えられた。
幼児期と成長後で遺伝子発現が大きく変化、治療薬開発のイノベーションに期待
続いて研究グループは、出生直後とヒトでは幼児期にあたる若い時期の自閉症モデルマーモセットの遺伝子発現とシナプスの異常を詳細に解析。その結果、それらの異常は成長後と大きく異なっていることがわかった。とりわけ、幼児期の自閉症モデルマーモセットの研究から、ヒト自閉症の子どもの脳回路が不安定で、そのため学習した行動様式の定着が困難である可能性が示された。近年早期治療の有効性が強調されていたが、その時期の自閉症の脳の状態はわかっていなかった。そのため、今回得られた知見は極めて貴重だといえる。
今回開発された自閉症モデルマーモセットは、ヒト自閉症症状・病態を高度に再現している。「この自閉症モデルマーモセットを用いた研究により、これまで待たれていた自閉症治療薬が開発されることが期待される」と、研究グループは述べている。
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