医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > シアン中毒、既存薬より即効性の高いリポソーム型の新規解毒剤候補を開発-慶大ほか

シアン中毒、既存薬より即効性の高いリポソーム型の新規解毒剤候補を開発-慶大ほか

読了時間:約 3分22秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2021年09月08日 AM11:30

亜硝酸化合物は即効性が期待できず、火災現場での使用には制限がある

慶應義塾大学は9月3日、メトヘモグロビンを脂質膜で被覆したリポソーム型シアン中毒解毒剤を開発したと発表した。この研究は、同大薬学研究科の鈴木悠斗大学院生、同薬学部の田口和明准教授、松元一明教授、奈良県立医科大学の酒井宏水教授、崇城大学DDS研究所の小田切優樹特任教授を中心とした研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Controlled Release」電子版に掲載されている。


画像はリリースより

シアン化合物(青酸化合物)は金属メッキ加工用品や殺虫剤、農薬、断熱材(合成樹脂)などの日常用品に含まれているものだが、大量に吸入または服用すると致死性のシアン中毒を引き起こす猛毒でもある。毎年、国内外で多くのシアン中毒事例が報告されており、自殺や誤飲などの事故、殺戮を目的とした事件、さらには新建材である合成樹脂由来の断熱材が火災で燃焼する際に発生するシアンガスの吸入によるシアン中毒など、さまざまな状況下で発生している。

シアン中毒に罹患した場合は解毒剤による素早い治療が求められるが、現在解毒剤として使用されている亜硝酸化合物は即効性が期待できない。これは、亜硝酸化合物が血液中に存在する赤血球内のヘモグロビンを酸化してシアン結合性の高いメトヘモグロビンに変換(メト化)することで解毒作用を発揮するため、解毒作用の本質であるメトヘモグロビンの生成に時間を要するからだ。さらに、赤血球中のヘモグロビンのメト化はヘモグロビン本来の機能である酸素を運搬できなくするため、一酸化炭素中毒の併発が懸念される火災現場で発生したシアン中毒には使用できないといった制限が存在する。

メトヘモグロビン小胞体「metHb@Lipo」を開発

今回、研究グループは、亜硝酸化合物の臨床使用上の問題点を克服したシアン中毒解毒剤の開発を目指し、実験を開始した。この目的を達成するための戦略として、人工赤血球であるヘモグロビン小胞体に内包されているヘモグロビンをメト化したメトヘモグロビン小胞体(metHb@Lipo)を投与することで、赤血球をメト化せずに亜硝酸化合物のシアン解毒を模倣できると考えた。

まず、ヒト廃棄血から精製したヘモグロビンを脂質二重膜でカプセル化したヘモグロビン小胞体(人工血液)に亜硝酸ナトリウムを添加することで、内包されたヘモグロビンを酸化してmetHb@Lipoを作製した。その結果、metHb@Lipoは平均粒子径が約220 nm、粒子表面が負に帯電した均一なナノ粒子となった。

metHb@Lipoは亜硝酸化合物の解毒機構を人工的に再現

次に、metHb@Lipoのシアンイオン結合親和性について検証するため、metHb@Lipoにシアン化ナトリウムを添加したときの吸収スペクトル変化を測定した。その結果、シアン化ナトリウムを添加するとmetHb@Lipo由来の吸収スペクトルからシアン結合型metHb@Lipo由来の吸収スペクトルへ速やかにスペクトルが変化した。また、シアン化ナトリウムを投与したマウスの血液中に存在する全シアン濃度を評価したところ、生理食塩水を投与した群と比較してmetHb@Lipoを投与すると高い割合でシアンを血中に保持していた。

この結果は、metHb@Lipoがシアンと結合することで組織中ミトコンドリアのシトクロームcオキシダーゼに移行したシアンを血中に引き戻した、または血液中に存在するシアンが組織中ミトコンドリアのシトクロームcオキシダーゼに移行するのを防いでいると考えられるものだ。

致死的シアン中毒モデルマウスの生存率を既存薬よりも向上

metHb@Lipoのシアン中毒に対する解毒効果を評価するため、致死量のシアン化ナトリウムを投与した10分後のマウスに「metHb@Lipo治療」「亜硝酸ナトリウム単独治療」「亜硝酸ナトリウムとチオ硫酸ナトリウム併用治療」を施して生存率を比較した。

その結果、既存のシアン中毒解毒剤である「亜硝酸ナトリウム単独治療」「亜硝酸ナトリウムとチオ硫酸ナトリウム併用治療」と比較して「metHb@Lipo治療」を施したシアン中毒モデルマウスで高い生存率を示した。また、昏睡状態からの回復時間も早く、metHb@Lipoは即効性が高いことも確認された。

赤血球の酸素運搬を阻害せず組織の低酸素も素早く改善

シアン中毒の原因であるミトコンドリア内のシトクロームcオキシダーゼ機能を経時的に評価するため、「metHb@Lipo治療」または「亜硝酸ナトリウムとチオ硫酸ナトリウム併用治療」を施したシアン中毒モデルマウスのシトクロームcオキシダーゼ活性を測定したところ、シアン投与により低下した活性がmetHb@Lipo治療によって速やかに回復した。また、シアン中毒症状の一つである組織低酸素状態によって誘発されるアシドーシスもmetHb@Lipoで治療することで速やかに回復した。

今回の研究により、metHb@Lipoはシアン中毒に対して既存薬である亜硝酸化合物より優れた解毒効果と即効性を有することが示された。また、metHb@Lipo投与は赤血球の酸素運搬を阻害しないため、組織の低酸素も素早く改善(アシドーシスの改善)していた。研究グループはmetHb@Lipoについて、「火災などの亜硝酸化合物による解毒が困難な状況下で引き起こされたシアン中毒においても使用することもでき、シアン中毒治療の裾野を広げる新たなシアン中毒解毒剤として臨床使用されることが期待される」と、述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 血液中アンフィレグリンが心房細動の機能的バイオマーカーとなる可能性-神戸大ほか
  • 腎臓の過剰ろ過、加齢を考慮して判断する新たな数式を定義-大阪公立大
  • 超希少難治性疾患のHGPS、核膜修復の遅延をロナファルニブが改善-科学大ほか
  • 運動後の起立性低血圧、水分摂取で軽減の可能性-杏林大
  • ALS、オリゴデンドロサイト異常がマウスの運動障害を惹起-名大