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ヒトiPS細胞から腱の細胞を作製、腱断裂ラットへの移植で機能回復を確認-CiRAほか

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2021年09月03日 PM12:15

腱細胞/皮膚線維芽細胞/間葉系幹細胞を移植する細胞治療の課題を解決する手法は?

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は8月31日、腱の怪我における新たな治療法の一つとして、iPS細胞を用いた細胞治療の開発を行ったと発表した。この研究は、元CiRA臨床応用研究部門の中島大輝研究員(現ハーバード大学医学部 兼ブリガムアンドウィメンズ病院)と池谷真准教授(CiRA同部門)らの研究グループと、京都大学大学院医学研究科、東京慈恵会医科大学、京都大学iPS細胞研究財団との共同研究によるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン公開されている。


画像はリリースより

筋肉が伸び縮みする力を骨に伝える非常に重要な組織である腱の負傷は、人生の質に大きな影響を及ぼすため、早期の回復が求められる。重症の場合、従来の治療法で一般的なのは患者自身の別の組織を用いた腱の再建手術だが、患者に大きな負担がかかるため合併症のリスクが高く、手術後の再負傷率は比較的高い。また、患者の体の別の組織を採取して腱を再建するため筋力低下が生じ、長いリハビリ期間が必要となる。これまで、コラーゲン、カーボン、ポリエステルから作った人工の腱が開発されてきたが、これらの腱には力学的強度や生体への親和性といった課題が存在する。

これらの課題を解決する新たな治療法として、腱細胞/皮膚線維芽細胞/間葉系幹細胞を移植する細胞治療が考えられる。怪我をした腱の再生には腱細胞を補充することが最もシンプルだが、腱細胞は増殖する能力が低いため、移植に必要な量の腱細胞を集めるのは困難だ。また、生体外で腱細胞を増やすことは細胞の機能低下を引き起こす可能性がある。一方、皮膚線維芽細胞や間葉系幹細胞を移植する場合、それらが腱以外の組織になる可能性があり、異所性組織形成のリスクがある。そのため、細胞治療における課題を解決する新たな手法が待ち望まれていた。

ヒトiPS細胞から中胚葉の発生を模倣して腱細胞を分化誘導し、アキレス腱断裂したラットに移植

ヒトの腱細胞の発生は、中胚葉が出発点だ。研究グループはこれまで、体外でヒトiPS細胞から前体節中胚葉細胞、体節細胞を誘導し、さらにそこから硬節細胞や腱・靭帯細胞を分化誘導させるモデルの開発に成功している。前回開発した分化誘導法では、細胞を培養する過程で動物由来の成分を使用していたが、今回の研究では、将来的にヒトの細胞治療への応用を目指すため、動物由来の成分を使用しない条件(ゼノフリー条件)下での分化誘導法の改良に成功した。新たに改良した分化誘導法を用いて、19日間でヒトiPS細胞から腱細胞を作製して免疫染色を行ったところ、腱細胞に特有な転写因子(SCX、MKX、COL1A1、COL1A2)が発現していることが確認できたという。

次に、作製した腱細胞が治療に有効か調べるため、アキレス腱断裂したラットを用いた動物実験を行った。注射器を用いて300万個の腱細胞をラットの患部へ移植し、4週間の経過を観察した。経過観察においては「移植後のラットの歩行における足跡の分布、かかとの高さ、足首の角度を測定する運動学的評価」「再生されたアキレス腱の破断に要する最大荷重を測定する生体力学的評価」「再生されたアキレス腱の組織を細胞レベルで観察する組織学的評価」を行った。

運動学的/生体力学的/組織学的な評価で機能回復を確認

まず運動学的評価について。一般に健康なラットは、かかとを地面に付けずに歩行するが、アキレス腱断裂したラットは、運動機能の低下のため負傷後3週間程度までかかとを地面に付けて歩行する。今回の経過観察では、移植後1週間はかかとを地面に付けて歩行していたラットが、2週間後にはかかとを付けずに歩行していることが足跡の解析で判明。かかとの骨の位置にマーカーを付けて歩行時の地面からの高さ(かかとの高さ)を測定すると、移植後2週間のラットのかかとの高さは未治療のラットのかかとの高さより有意に高く、健康なラットのかかとの高さと同程度になっていることがわかった。また、膝関節と脚の小指にもマーカーを付けて測定した足首の角度においても、移植後2週間および4週間のラットは、健康なラットの足首の角度と同程度まで回復したことが明らかになった。

生体力学的評価として、移植後2週間と4週間のラットのアキレス腱を採取し、再生されたアキレス腱の破断に要する最大荷重を測定する実験を行ったところ、移植後2週間のアキレス腱は同期間未治療のものと比べ、最大荷重が高いことがわかった。さらに再生した腱の物性を比べるため、荷重変位曲線を作成すると、未治療のアキレス腱はなだらかな曲線を示しているのに対し(粘弾性がある状態)、移植したアキレス腱は健康なアキレス腱と似たような挙動(降伏がある状態)を示していることが判明。以上のことから、移植したアキレス腱の方が、未治療のものに比べて耐久性と物性が回復していることが明らかになった。

移植した腱細胞の生着や組織の状態を調べるため、組織学的評価を行った。移植するヒトiPS細胞由来腱細胞に蛍光色素を付加し、移植後24時間、2週間、4週間の蛍光分布を調べると、移植した腱細胞は移植部位にとどまっていることがわかった。さらに、I型コラーゲン、Ⅲ型コラーゲン、ヒト特有のビメンチンに反応する免疫染色を移植後2週間のアキレス腱に施したところ、ヒト特有ビメンチン陽性の移植細胞が、コラーゲンを発現していることが確認できた。これは、移植した腱細胞が生着し、ラットのアキレス腱の一部としてある程度機能していることを示唆している。一方、未治療のラットのアキレス腱ではコラーゲンの生成が見られない未再生部分が多く確認できたという。

最後に、アキレス腱の機能回復に関与したヒトiPS細胞由来腱細胞から分泌されるタンパク質の存在を調べた。ヒトiPS細胞由来腱細胞の培養上清濃縮液でヒトプライマリー腱細胞(初代培養した腱細胞)を培養したところ、濃縮前の液より増殖が良くなることが判明。これにより、ヒトiPS細胞由来腱細胞培養中の培地上清には腱細胞の増殖に寄与するような何らかの成長因子が含まれていることが明らかになった。

IGF1とTGFβ3が移植先のラットの腱細胞の成長を促し、運動学的な機能回復に寄与

さらに、プロテオーム解析により、その成長因子の候補を探索したところ、IGF1とTGFβ3シグナルの関連タンパク質がヒトiPS細胞由来腱細胞から多く分泌されていることがわかった。そこで、IGF1タンパク質またはTGFβ3タンパク質をアキレス腱断裂したラットに投与し2週間後に評価すると、生体力学的には効果がそれほど見られなかったものの、運動学的には未治療のラットに比べ、IGF1とTGFβ3を投与したラットそれぞれにおいて優位に機能が回復していることがわかったという。つまり、IGF1とTGFβ3が移植先のラットの腱細胞の成長を促し、運動学的な機能回復に寄与していることが示唆された。

一般的に、細胞移植による治療効果のメカニズムは2通り考えられる。1つは、移植した細胞が傷ついた細胞と入れ替わり組織の一部となることだ(これは、移植後の組織学的評価によって確認された)。もう1つは移植した細胞によるパラクライン効果によって患部の細胞の自己回復能力が高まることだ。今回、IGF1とTGFβ3によるパラクライン効果が確認された。以上のことから、ヒトiPS細胞由来腱細胞の細胞治療では、両方のメカニズムが関わっていることを示唆する結果が得られたとしている。

新規手法が、ヒトiPS細胞由来腱細胞を用いた再生医療や腱細胞関連遺伝子疾患の研究で活用できる可能性

今回の研究により、初めてヒトiPS細胞由来腱細胞の移植がアキレス腱を断裂したラットの治療に有効であることが示され、さらに回復のメカニズムを示唆する結果が得られた。同研究の手法は、非ヒト動物由来成分を含まない、シンプルで安定した分化誘導法であり、今後のヒトiPS細胞由来腱細胞を用いた臨床研究で活用されることが期待できる。さらに、体外において腱細胞までの発生を再現しているため、患者のiPS細胞を用いた腱細胞に関連する遺伝子疾患の研究においても有用だという。

また、ヒトiPS細胞由来腱細胞を用いることによって、移植後2週間において、未治療のラットと比較して優位に歩行機能の機能回復が認められた。これは長期の治療によるリスクが高いアスリートや高齢者にとって、メリットの多い治療法となる可能性がある。さらに、無限に増殖可能なヒトiPS細胞を用いることで、移植する腱細胞を大量に作製することができるため、これまで腱細胞/皮膚線維芽細胞/間葉系幹細胞を用いた細胞治療の課題とされていた移植する腱細胞の不足を解決できる。また、ヒトiPS細胞由来腱細胞は一旦iPS細胞にすることで細胞の若返りが起こるため、老化によって弱った腱にはより有効だと考えられる。

「今後は、さらに長期にわたる経過観察や、アキレス腱以外の腱障害への治療適用、そして老年ラットを用いた移植治療効果の検証を進めていきたいと考えている」と、研究グループは述べている。

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