ヒトiPS細胞からミクログリアを作成し、マウス脳内に非侵襲的に移植する「経鼻移植法」を開発
山梨大学は8月6日、ミクログリアと呼ばれる脳細胞を完全非侵襲的に脳に移植して新しいミクログリアと入れ替える「経鼻移植法」を開発したと発表した。この研究は、同大医学部薬理学、山梨GLIAセンターの小泉修一教授およびパラジュリ・ビージェイ特任助教らの研究グループと、塩野義製薬株式会社、九州大学大学院医学研究院の中島欽一教授らの共同研究グループよるもの。研究成果は、「GLIA」への掲載にあたり、にオンライン版で先行発表されている。
画像はリリースより
昨今、グリア細胞が脳の機能で重要な役割を果たしていることが明らかとなり、注目を集めている。特にミクログリアは、脳内外の環境変化に敏感で、種々の脳疾患および老化の初期に変化を感知することで、疾患発症、進行、さらに老化による機能低下誘導等、変化のスイッチとして重要な役割を果たす細胞として大きな注目を集めている。しかし、これまでのほとんどのミクログリア研究は、マウス等げっ歯類を使ったもので、実際にヒトミクログリアが疾患や老化でどのような役割を果たしているのかは不明のままだった。また、ミクログリアは敏感な細胞であるため、in vitro研究(試験管レベルの研究)で得られた成果は、実際の脳内での働きと大きく違っていることが指摘されていた。しかし、ヒトミクログリアの役割を、ヒト脳を使ったin vivo研究(実際の生体と同様環境下での研究)で行うことはできない。
そこで研究グループは今回、ヒトiPS細胞からミクログリアを作成し、これをマウス脳内に非侵襲的に移植する「経鼻移植法」を開発し、ヒトiPS由来ミクログリア(iPSMG)の働きをマウス脳内で解明することを計画した。これにより、ヒトミクログリアの働き・役割を脳内で解析することが可能となり、真のミクログリア機能の役割が解明されることが期待できる。さらに同移植技術により、病態時の異常ミクログリアや加齢による老化ミクログリアを、正常ミクログリア、若齢ミクログリアに入れ替えることが可能となり、ミクログリア置換による新しい「細胞治療法」が開発されることが期待できるという。
CSF1R拮抗薬ON/OFFと組み合わせることでマウスのミクログリアをiPSMGに置換
研究ではまず、ヒトiPS細胞から効率良く大量のミクログリア(iPSMG)を作る技術を開発。次に、iPSMGをマウス脳内に移植するため、(1)既存のマウスミクログリア除去、(2)従来の外科手術とは異なる完全非侵襲的移植を組み合わせた移植技術を開発した。
(1)はCSF1R拮抗薬を用いた。CSF1R拮抗薬を投与すると(ON)、マウス脳内ミクログリアはほぼ消失し、同薬剤を除去すると(OFF)、ミクログリアは自己再生により元に戻る。(2)の完全非侵襲的移植には、経鼻移植法を開発した。マウスの鼻腔にiPSMGを一定時間静置すると、ミクログリアは篩板を通過し、そこから各脳部位に移動、増殖そして定着する。これらを組み合わせ、CSF1R拮抗薬をONからOFFにするタイミングで、iPSMGを経鼻移植することで、元のマウス脳内に存在するミクログリアのほぼすべてをiPSMGと置換することが可能となった。
経鼻移植されたiPSMGは極めて安定的な形状を示し、移植60日後でもマウス脳内で生着していることがわかり、ミクログリアがヒト細胞に変化した、ヒト化マウスの開発に成功した。
開発されたミクログリア置換法が脳疾患などに対する新たな治療戦略となる可能性
今回開発されたヒト化マウスを用いて病態や老化研究を遂行することで、ヒトミクログリアが実際の脳内でどのように機能しているのか、また疾患や老化を如何に制御しているかなど、重要な課題が明らかになることが期待される。また、今回開発された経鼻移植法は、簡便・安定的、そして外科手術を伴わないため、非常に安全な移植法と言える。さらに、CSF1R拮抗薬ON/OFFと組み合わせることで、簡単にマウスのミクログリアをiPSMGに置換することができる。今回はiPSMGへと置換したが、任意のミクログリア、例えば若年期のミクログリア、特定の遺伝子を改変したり、薬剤処理を行ったミクログリアへの置換が可能となる。また安全な置換法であるため、ヒトへの応用も比較的早い時期に実現することが期待される。すでにマウスを使った病態モデルでは、ミクログリアを制御することが疾患治療や、老化抑制に有効であると報告されている。
「今回の完全非侵襲的ミクログリア置換法は、新しい細胞治療法として、脳疾患や老化による機能障害に対し、簡単、安全で、革新的な治療戦略となることがと考えられる」と、研究グループは述べている。
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・山梨大学 NEWS 研究成果