平均寿命が延びても閉経年齢が変わらないのは何故か?
理化学研究所(理研)は8月19日、40歳から60歳の間に自然閉経した約20万人の欧州人女性対象にゲノムワイド関連解析(GWAS)を行い、卵巣の加齢性変化に関わる290の疾患感受性領域(遺伝子座)を同定したと発表した。この研究は、理研生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チームの寺尾知可史チームリーダー(静岡県立総合病院免疫研究部長、静岡県立大学特任教授)、糖尿病・代謝ゲノム疾患研究チームの堀越桃子チームリーダーらの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「Nature」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
過去150年の間に日本女性の平均寿命は45歳から85歳に延びたが、閉経年齢は50~52歳で変化していない。卵子の持つ遺伝子の健全性は年齢とともに減少し、自然な生殖能力は閉経の約10年前(つまり40歳~42歳)に停止する。近年は高齢出産を選択する女性が増えており、体外受精などの不妊治療や、卵子のもととなる卵母細胞や卵巣組織の凍結保存を行う女性が増えている。ところが、卵子や卵巣組織の採取は侵襲性が高い上に、凍結された成熟卵子を融解して体外受精に用いる場合、妊娠する確率は6.5%程度であり、母体年齢が高いほど妊娠の確率は低下するという問題がある。しかし、その生物学的メカニズムや、生殖能力を長く維持するための治療法についてはよくわかっていない。
40~60歳に自然閉経の欧州人対象に290領域を同定、多くは日本人でも再現
今回、国際共同研究グループはまず、40歳から60歳の間に自然閉経した20万1,323人の欧州人女性のゲノムを用いてゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施。この結果、自然閉経年齢(卵巣の加齢性変化)と関連する290領域の遺伝子座を同定した。
さらに、バイオバンク・ジャパンに登録されている日本人女性4万7,140人を含む閉経年齢のデータから、一塩基多型(SNP)と閉経年齢の関連の強さについて再現性を確認したところ、290領域のうち多くが再現されていたが、いくつかの領域では関連の強さを示す効果量とアレル頻度に人種による大きな違いがあった。
早発卵巣不全のリスクをPGSで予測可能と判明
次に、SNPの効果量を足し合わせて計算するポリジェニック・スコア(PGS)を用いて、40歳未満で生殖機能低下が現れる早発卵巣不全(POI)を予測できるか調べた。すると、PGSの上位1%は、第50百分位数(中央値)に対するオッズ比(発症リスクの指標)が4.71を示し、POIの予測が可能であると判明した。これはPOIの原因遺伝子の一つであるFMR1遺伝子に変異を持つ女性のリスクと同等であることもわかった。
同定された遺伝子座は幅広いDNA損傷応答プロセスで生殖可能期間に関連
今回ヒトで同定された遺伝子座は、幅広いDNA損傷応答(DDR)プロセスに関与しており、主要なDDR遺伝子の機能喪失型変異も含まれていた。マウスモデルでの実験から、これらのDDRプロセスが生涯にわたって作用し、卵巣予備能(卵巣に残っている卵子数)とその機能喪失率に関係することが明らかになった。今回のGWASで検出された遺伝子のうちCHEK2遺伝子は減数分裂で修復されなかったDNA二本鎖切断や誘導されたDNA二本鎖切断を持つマウスの卵母細胞を淘汰するのに重要な役割を果たすことが知られている。CHEK2遺伝子の機能をより明らかにするため、Chek2遺伝子をノックアウトしたマウスを観察したところ、卵巣予備能が長く維持され生殖可能期間が延長することがわかった。
また、同定されたSNPを用いてメンデルランダム化という因果関係を推定する解析により、女性の生殖可能期間の延長は骨の健康状態を改善し、2型糖尿病のリスクを低下させる一方で、ホルモン感受性のある乳がん、卵巣がん、子宮内膜がんのリスクを高めることが示された。
妊孕性温存のための治療応用に期待
今回の解析で同定されたSNPからPGSを計算することで、POIを予測できることが示された。さらに生殖可能期間と健康指標の間に因果関係があることが推測された。また、解析で同定された遺伝子やパスウェイからDDRプロセスが生殖可能期間に関連していることが示された。研究グループは、「今後、そのメカニズムをさらに解明することで、女性の生殖機能の維持や妊孕性温存に対しての治療標的となることが期待できる」と、述べている。
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・理化学研究所 研究成果