世界29か国・生後8日~95歳までの6,600人以上の二重標識水法データベースを構築
医薬基盤・健康・栄養研究所国立健康・栄養研究所は8月13日、世界29か国の生後8日~95歳までの6,600人以上の二重標識水法のデータベースを構築し、ヒトの生涯にわたる1日当たりの総エネルギー消費量について分析した結果を発表した。この研究は、同研究所身体活動研究部の山田陽介特別研究員と吉田司研究員、筑波大学体育系の下山寛之助教、京都先端科学大学総合研究所アクティブヘルス支援機構の木村みさか客員研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science」に掲載されている。
画像はリリースより
発育発達や生殖、食物の消化吸収、身体活動といった、ヒトの生命活動に必要不可欠なものの全てはエネルギーを必要とする。そのため、日常生活環境下における総エネルギー消費量を知ることは、毎日の食事で摂取すべきエネルギーと、摂取したエネルギーを身体活動にどう使うかの両方を理解する上で重要だ。しかし、これまで、1,000人を超える大規模な研究は、基礎代謝に関するものに限られてきた。基礎代謝は、消費エネルギーの50〜70%に過ぎず、食物の消化吸収や家事・散歩・運動などといった身体活動に必要なエネルギーは考慮されていない。基礎代謝以外に必要となるエネルギーも含めた総エネルギー消費量については、二重標識水法で測定が可能だ。二重標識水法は、天然にも微量に存在する水素と酸素の安定同位体で標識された水を経口投与し、尿中における上昇率とその後の減衰率を求めることで、1日の総エネルギー消費量を測定する方法。しかし、二重標識水法は高度な分析技術が必要なため、研究の規模や範囲が限定されていた。
こうした背景から、2014年より世界のエネルギー代謝を専門とする研究者が協力し、二重標識水法の測定値を一つのデータベースにまとめる国際プロジェクトが始まった。世界29か国の生後8日~95歳までの6,600人以上の二重標識水法のデータベースを2018年12月に構築し、世界29か国の生後8日~95歳までの6,600人以上生涯にわたる総エネルギー消費量について分析してきた。
総エネルギー消費量、絶対値としては10代後半で最も高い
研究の結果、総エネルギー消費量の絶対値としては10代後半で最も高く、男性で3,415±605kcal/日(平均±標準偏差)、女性2,480±478kcal/日を示した。これは基礎代謝の約1.9倍に相当していた。
総エネルギー消費量は、その後わずかに低下したのち、60代までは一定の値を示していた。体格調整した総エネルギー消費量は、乳児が最も高い代謝率を有していたという。エネルギーの必要性は生後12か月の間に急増し、1歳の誕生日では、20歳代後半〜50歳代までの大人に比べて50%速くエネルギーを消費していた。1歳児では体重が約10㎏なのに対して、約1,000kcalのエネルギーを1日で消費する。すなわち、体格から予想されるよりも遥かに多くのエネルギーを必要とし、乳児の代謝が活発であることは、この時期に十分に食べることができないと、生き残ることが難しく、生き残ったとしても健康な成人に成長する可能性が低い理由を部分的に説明している可能性がある。
90代、40〜50代よりも1日当たりに必要なエネルギー26%少ない
中年期の代謝の減速は緩やかで、30~50代では代謝は減らず、60代以降で年に0.7%の減速がみられた。中年期にウェスト周囲径が大きくなる理由については、総エネルギー消費量の減少だけでは説明がつかず、より深いメカニズムがあることが予想される。
90代は、40〜50代の人よりも1日当たりの必要なエネルギーが26%少なくなっている。高齢者における少ない総エネルギー消費量の理由は筋量の低下だけでなく、細胞・組織レベルの代謝の低下があることが示唆される。
ヒトのエネルギー代謝と気温との関係など、研究中
このように同研究の結果は、ヒトの生涯における細胞・組織の代謝が加齢にともなってダイナミックに変動することを示しているという。また、同研究で明らかになった各世代の総エネルギー消費量の数値は、将来における世界の食糧問題の解決法を考える上でも重要な数値であり、持続可能な食糧供給システムとの関係でも大切な成果だとしている。
研究グループは現在、このデータベースを活用して、身体活動と筋量との関係や、発展途上国におけるエネルギー必要量の推定、ヒトのエネルギー代謝と気温との関係、水分摂取の必要量の推定など、さまざまな研究を遂行中だ。
世界において、低栄養状態と体重超過・肥満・非感染性疾患が共存する状態を、栄養障害の二重負荷と言う。二重標識水法により、ヒトの総エネルギー消費量を明らかにすることは、食事摂取基準の策定の上でも最も重要な事項の1つと考えられている。進行中のさまざまな研究を通じて、多様な環境に住み、幅広い活動を営む人類の食事摂取の適切な量を調べることは、低栄養児/者や、肥満児/者の割合を減少させる施策を考える上で必要不可欠だと考えられる、と研究グループは述べている。