脳梗塞後初期にNpas4発現誘導、その下流で働く遺伝子は?
大阪大学は8月3日、脳梗塞後の神経細胞死を防御するのに、転写因子Npas4の新規下流遺伝子が重要な役割を果たすことを世界で初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院生命機能研究科の坪井昭夫特任教授と香川大学医学部の高橋弘雄助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
脳血管疾患は、日本において死因4位となる発生頻度の高い疾患。しかし、脳血管疾患の多くを占める脳梗塞(脳虚血)により脳が損傷した場合、失われた神経細胞や回路を補填するのに有効な治療法は確立されていない。また、脳血管疾患は認知症と並び、要介護者を生む最大の要因。そこで、「脳梗塞により破綻した脳の構造や機能を、どのようにして再構築し、修復するのか?」は、超重要な問題となっている。
脳梗塞(脳虚血)では、グルタミン酸の過剰な放出により、細胞内のグルタミン受容体が過剰に活性化され、過剰なCa2+が流入することで、神経細胞に脱分極が生じ、そのような異常な脱分極は梗塞部位のみならず、周囲の神経細胞に伝搬することで細胞死をもたらすと考えられていた。また、脳梗塞後の初期に転写因子Npas4の発現が梗塞部位の周囲の神経細胞で強く誘導され、神経細胞の生死を制御することは示唆されていたが、その下流で働く遺伝子についてはほとんど解明されていなかった。
脳梗塞後の神経細胞死の抑制にNpas4が必要、マウスで確認
研究グループは、マウスを通常のケージから移し、おもちゃなどを加えた刺激の多いケージ(豊かな環境[EE:Enriched environment])で短時間飼育した後に、脳梗塞手術を実施。その結果、神経細胞死が減少することを見出した。これは、マウスを豊かな環境にさらすことで、大脳皮質ニューロンにおいてNpas4遺伝子の発現が著しく上昇したことによると考えられるという。
また、Npas4遺伝子の欠損マウスでは、豊かな環境にさらしても、逆に神経細胞死が増加。このことから、Npas4は脳梗塞後の神経細胞死の抑制(神経保護)に必要であることが明らかになった。
Gem、Npas4下流で神経保護に重要な役割
続いて、in vitro脳虚血様負荷モデルを用いて、Npas4の下流遺伝子を系統的に検索。その結果、神経保護に直接関与する低分子量Gタンパク質Gemの同定に成功した。
マウスの脳であらかじめGem遺伝子を一過性に発現させると、脳梗塞後の神経細胞死が顕著に減少することから、GemはNpas4の下流で神経細胞死の抑制(神経保護)に重要な役割を果たすことがわかった。
Gem標的、出血傾向あり患者への新規治療法として期待
今回の研究成果により、脳梗塞後の神経保護にはNpas4を介したGem遺伝子の発現が重要だと明らかになった。さらに、Gemはヒト大脳皮質オルガノイドにおいても脳梗塞様の処理により、その発現が誘導されることから、脳梗塞治療の新たな創薬ターゲットとして期待される。
現在の脳梗塞治療法は、t-PA(組織プラスミノゲン活性化因子)を用いた血栓溶解療法など、「血流を速やかに回復して既存の神経回路を守る」という点に重点を置いたもので、出血傾向を有する患者には適用できない。そこで、Gemを標的とした新規治療法は出血傾向のある患者にも適用できると期待される、と研究グループは述べている。
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・大阪大学大学院生命機能研究科 研究成果