オメガ3系脂肪酸、動物実験で母獣の養育行動への促進効果
富山大学は8月6日、妊娠中にオメガ3系脂肪酸を多く摂っていると、生まれてきた子どもに対する不適切養育行動(叩く、激しく揺さぶる、家に一人で放置する)を取るリスクが低くなることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大学術研究部医学系公衆衛生学講座の松村健太講師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Psychological Medicine」に掲載されている。
画像はリリースより
2017年のユニセフの報告書によると、世界の2〜4歳における子どものうち4人に3人(3億人)が、母親などの養育者から定期的に虐待を受けているとされている。そのような虐待行為の背景には、精神病理的要因、社会経済的要因、環境的要因などがあるとされているが、これらの要因に介入し対処することは容易ではない。
オメガ3系脂肪酸は、さまざまな生命活動に関わる必須脂肪酸で、身近なものとしては、青魚に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)などがある。このオメガ3系脂肪酸には、人に対する暴力的・攻撃的行動を抑制する効果があるとされ、さらに、動物実験では母獣の養育行動を促す効果があるという報告がある。
そこで今回、比較的取り組みやすい要因でありながら、これまでほとんど注目されてこなかった妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取量に注目し、生まれた子どもに対する母親の養育行動との関連性を調査、検証した。
妊娠中期/後期のオメガ3系脂肪酸摂取量が多い母親は、子を「叩く」などの行為が少ない
今回の調査では、妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取量について、9万2,191人の妊婦を対象に食物摂取頻度調査票を用いて算出し、母親による生まれた子どもへの不適切養育行動は、生後1か月または生後6か月時の自己申告式の質問票への回答から、身体的虐待関連として「叩く」「激しく揺さぶる」頻度、ネグレクト関連として「家に一人で放置する」頻度から評価した。ここでは、4段階の回答のうち「全くない」以外を該当するケース(=不適切養育行動)と定義した。
その結果、妊娠中期および妊娠後期のオメガ3系脂肪酸の摂取量は、生後1か月と6か月時の子どもを「叩く」「激しく揺さぶる」「家に1人で放置する」行為が少ないことと関連していることがわかった。さらに、オメガ3系脂肪酸の摂取量が増加するほど、生まれた子どもに対するこれら不適切養育行動が減少するという、明確な用量反応関係を示した。
ストレス反応の低減など複数の作用経路が関連する可能性
妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取が、なぜ母親による生まれた子どもへの身体的虐待やネグレクトという不適切養育行動を軽減させるのか、そのメカニズムは明らかではない。ただし、いくつかの作用経路が考えられる。
1つ目は、ストレス反応の低減効果である。オメガ3系脂肪酸は、ノルアドレナリン、ドーパミンなど情動に関わる神経を調節するとともに、自律神経の高ぶりを落ち着かせ、ストレス反応(=闘争-逃走反応)を抑制する効果がある。育児ストレス場面では、母親の生まれた子どもに対するストレス反応、つまり「身体的虐待につながる闘争反応」「ネグレクトにつながる逃走反応」が減少した結果、母親による生まれた子どもへの不適切養育行動も自然と減少したと考えられた。
2つ目は、抑うつ症状の軽減である。オメガ3系脂肪酸には、抗うつ作用があることから、母親による生まれた子どもへの虐待行動の危険因子の一つである産後うつ症状が軽減されることで、母親の精神状態が安定し、不適切養育行動が減少した可能性があるという。
3つ目は、生まれた子ども自身の行動変化を介したものだ。子どもがオメガ3系脂肪酸を摂取することにより、子どもの攻撃的・反抗的な行動や多動性が軽減することが知られている。母親の必須脂肪酸の血中濃度は新生児の必須脂肪酸の血中濃度と関連があり、妊娠中の母親の血液を介して胎児に移行したオメガ3系脂肪酸によって、生まれた子どもの行動が落ち着いたものになる可能性がある。その結果、母親が育てにくさを感じることが減り、不適切養育行動が軽減した可能性が考えられる。
オメガ3系脂肪酸を多く含む小型の青魚、妊娠中の摂取量を注意する必要はない
子どもへの虐待が深刻な状況であるにもかかわらず、そのリスク要因は複雑で多岐にわたり、周囲からの介入が難しいものが多い。しかし、母親に妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取を推奨することは、従来の妊婦に対する栄養指導を早期から、より丁寧に継続することで可能となる。
なお、オメガ3系脂肪酸がたくさん含まれるイワシ、サンマ、アジなどの小型の青魚は、食物連鎖でメチル水銀などの有害物質が濃縮されることはまれであり、妊娠中において摂取量を特に注意する必要はないという。
研究グループは、研究の限界として、不適切養育行動の測定を質問票への母親の自己回答から得ていること、生まれた子どもの0~17歳までの期間において生後6か月までしか追跡していないこと、妊婦のオメガ3系脂肪酸の血中濃度ではなく自記式の食物摂取頻度調査票を使用してオメガ3系脂肪酸の摂取量を算出したため必ずしも正確でない可能性があること、などを挙げている。
研究グループは、「妊娠中のオメガ3系脂肪酸摂取量と母親による生まれた子どもへの不適切養育行動のリスク軽減の因果関係を結論づけるには、さらに研究を進める必要がある」と述べている。
▼関連リンク
・富山大学 教育・研究