女性ホルモンのかゆみに対する影響を、ラットで研究
国立遺伝学研究所は7月21日、ラットを用いて、女性ホルモン・エストロゲンが脊髄のガストリン放出ペプチド(GRP)受容体を介してかゆみの感じ方を変えていることを世界で初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所マウス開発研究室の高浪景子助教(前所属:岡山大学学術研究院自然科学学域・理学部附属牛窓臨海実験所、京都府立医科大学大学院医学研究科・生体構造科学、カリフォルニア大学デイビス校)、富山大学学術研究部薬学・和漢系応用薬理学教室の歌大介准教授、京都府立医科大学大学院医学研究科・生体構造科学の松田賢一准教授、佛教大学保健医療技術学部の河田光博教授(京都府立医科大学名誉教授)、カリフォルニア大学デイビス校・神経生物学、生理学および行動学部門のEarl Carstens教授、岡山大学学術研究院自然科学学域・理学部附属牛窓臨海実験所の坂本竜哉教授(所長)と坂本浩隆准教授の研究グループによるもの。研究成果は、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載されている。
画像はリリースより
かゆみや痛みなどの感じ方は、環境や心理的要因により変化することが知られている。特に女性では、女性ホルモンの変動する妊娠中や更年期にかゆみの感じ方が変わったり、不快なかゆみを経験したりすることが知られている。約20%の女性に妊娠中にかゆみの症状があることや、妊娠性皮膚掻痒症では強いかゆみが不眠やストレスの原因になることが報告されている。しかし、かゆみの感じ方が変わる原因は不明だった。
今回、研究グループは、女性ホルモンが変動する時期にかゆみが生じることに着目し、女性ホルモンがかゆみの感受性を変化させるのではないかと考えた。そこで、主要な女性ホルモンである「エストロゲン」と「プロゲステロン」のかゆみに対する影響を、実験動物のラットを用いて調べた。
エストロゲン<脊髄のGRP受容体神経の活動促進<ヒスタミンによるかゆみ増
エストロゲンとプロゲステロンは卵巣で産生されるため、雌ラットの卵巣を摘出し、エストロゲンとプロゲステロンの濃度を低下させた「対照群」、卵巣摘出後にエストロゲンを補充した「エストロゲン群」、卵巣摘出後にプロゲステロンを補充した「プロゲステロン群」、エストロゲンとプロゲステロンを両方補充した「エストロゲン・プロゲステロン群」の4群に分けた。今回、これらの雌ラットの皮膚にかゆみを引き起こすヒスタミンを投与後、かゆみの指標となる後ろ足による引っ掻き行動を解析した。
その結果、エストロゲン群では引っ掻き行動が増加し継続したのに対し、プロゲステロン群を含む他の群では引っ掻き行動は増えなかった。
次に、かゆみの情報を皮膚から脳に伝える中継地の脊髄に着目。近年、脊髄に発現するGRP受容体が痛みとは別にかゆみを独自に脳に伝えることが報告されたため、エストロゲンがGRP受容体に影響を及ぼすのではないかと考えた。かゆみ刺激を受けると、エストロゲン群では対照群に比べ、GRP受容体神経の活動が上昇することがわかった。
また、GRP受容体の働きを抑えるとエストロゲンにより上昇した引っ掻き行動が抑えられたため、エストロゲンにより増したかゆみは脊髄のGRP受容体を介して伝達されていることがわかった。また、エストロゲン群では、かゆみ刺激によって脊髄のGRP受容体神経の活動が上昇することが生体内電気生理学解析によって観察された。
さらに、エストロゲンがエストロゲン受容体を介して、GRP受容体の存在量や活性を変える可能性も示唆された。以上の結果から、エストロゲンが脊髄のGRP受容体神経の活動を促進することによって、ヒスタミンによるかゆみを増やすことが世界で初めて明らかになった。
エストロゲンは、かゆみ・痛み・触覚に対し異なる作用
また、エストロゲンによって、かゆみの感じ方が上昇したのに対し、触覚の感じ方は低下したことと痛みの感じ方は変化しなかったことから、エストロゲンはかゆみ、痛み、触覚に対し、異なる作用を示すことが明らかとなった。
今回の研究によって、女性における不快なかゆみ増強の原因となる脊髄における神経のしくみが明らかになった。今後、同研究成果が治療法の開発に寄与することが期待される。
しかし、脊髄から脳に伝えられた女性特有のかゆみシグナルにより、かゆみをどのように感じているのかはいまだ不明だ。今後は、かゆみを伝えている脊椎~脳の機能的な結びつきと、女性ホルモンがどのようにかゆみの感じ方を変えているのかなどを解明していく、研究グループは述べている。
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・国立遺伝学研究所 プレスリリース