MRIの脳ネットワーク解析により、現役体操競技選手と競技経験がない健常者を比較
順天堂大学は7月19日、MRIによる脳ネットワークの解析により、世界クラスの日本人体操競技選手に特徴的な脳ネットワーク構造があることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院スポーツ健康科学研究科の冨田洋之准教授、医学研究科放射線診断学の鎌形康司准教授、青木茂樹教授、脳神経外科学の菅野秀宣先任准教授、スポーツ健康科学研究科の和気秀文教授、内藤久士教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Neuroscience Research」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
従来のスポーツ科学では、優れたアスリートがもつ身体的な特徴、エネルギー供給能力、技の特徴など身体特性に主眼が置かれていた。しかし近年、一流のアスリートの鋭敏な感覚、精密な運動制御能力、的確な状況判断を行う意思決定能力、強い意欲などの優れた脳機能に注目が集まっている。そして、これらの脳機能は長期にわたる集中的な運動トレーニングによって得られた神経可塑性(脳が学習する仕組み)に基づいていると考えられるようになってきた。
研究グループは、2020年に世界クラスの体操競技選手の脳のある領域の体積が一般人に比べ大きく、競技成績に相関することを世界で初めて報告している。今回の研究では、世界クラスの体操競技選手の高度な運動パフォーマンスを支える神経基盤、特に領域間の神経接続を明らかにすることを目的として、最新の3テスラMRIを用いて体操競技選手の脳を撮像し、得られた画像データを元に脳のネットワーク解析を実施。現役体操競技選手と競技経験がない健常者の脳のネットワークの違いについて比較を行うとともに、競技能力と脳の神経接続の関連について調査を行った。
世界クラスの体操競技選手、競技と密接に関連の脳機能を支える特殊な脳ネットワークを構築
今回の研究では、世界大会で入賞歴のある現役日本人体操競技選手10人と体操競技経験がない健常者10人の男性を対象に、3テスラMRIによる脳の拡散強調像を撮像し、脳のネットワーク解析法を用いて、両者の脳の構造的な接続を比較。また、競技成績(Dスコア)と脳の構造的な接続性との関連についても解析した。なお、Dスコアとは、体操競技の採点方式の一つで、技の難しさなど構成内容を評価するものだ。
解析の結果、体操競技選手群では、対照群に比べて、感覚・運動、デフォルトモード、注意、視覚、情動といった体操競技に密接な関わりのある機能を司る脳領域間の神経接続が強くなっていることが判明。さらに、これらの脳領域間の神経接続のうちいくつかの接続が床運動、平行棒、鉄棒のDスコアと有意な相関関係があることがわかった。具体的には床運動は空間認識、平衡・姿勢感覚、運動学習などを司る脳領域を結ぶ神経接続と、平行棒は視覚運動知覚、手の知覚を含む感覚運動などを司る脳領域を結ぶ神経接続と、鉄棒のDスコアは視空間認識、エピソード記憶、意識、視野内の物体認識と関連する脳領域を結ぶ神経接続とそれぞれ有意な正相関が見られた。
いずれも、各体操競技種目に密接に関連する脳機能を司る脳領域間の神経接続であり、これらの脳領域間を結ぶ神経接続が各体操競技種目の神経基盤として重要である可能性を示している。以上の結果から、世界クラスの体操競技選手では体操競技と密接に関連する脳機能を支える特殊な脳ネットワークが構築されていることが明らかになり、競技力をさらに高めていくためには、視空間認識、視覚運動知覚、運動学習などそれぞれの体操競技と関連する脳機能の向上が重要であることが示唆される。
体操競技選手の各種目への適性など客観的評価に役立つ可能性
今回の研究によって、卓越した体操競技力の神経基盤として特徴的な脳ネットワークが構築されており、これらの脳ネットワークは体操競技と密接に関連する脳機能を司ることが明らかとなった。この成果により、脳のネットワークを評価することで、体操競技選手の各種目への適性や、トレーニング効果の客観的評価に役立つ可能性があることを示しているという。
一方で、世界クラスの体操競技選手の脳ネットワークの特徴が、長期間の集中的な体操競技トレーニングによるものなのか、生まれつき各個人が有している特徴なのかについてはまだわかっていない。そのため、今後さらに縦断的なアプローチによって明らかにしていく必要がある。また、他の運動競技についても同様の検討を行うことによって各競技における世界クラスの選手人材の育成に役立つことが期待される、と研究グループは述べている。
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