他者のどのような手の動作が乳児の注意や学習を促すか
名古屋大学は7月16日、生後4か月・10か月の乳児192人を対象とした研究を行い、乳児に玩具を差し出す非効率な動作が、乳児の注意を喚起し、学習を促進する可能性を新たに発見したと発表した。この研究は、同大大学院情報学研究科(研究当時:自治医科大学)の平井真洋准教授、大阪大学大学院人間科学研究科の鹿子木康弘准教授、専修大学人間科学部の池田彩夏講師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Developmental Science」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
人は生後、周囲の人々とのかかわりを通じてさまざまな規範・知識を身につけ、社会の一員となる。しかし、周囲の人々の「どのような」仕草によって乳児がさまざまな知識を学習するかについては十分に明らかにされていない。これまで、養育者から発せられる顕示的な「社会的シグナル」(例えば、アイコンタクトや乳児に向けた発話など)が乳児の注意を引きつけ、学習が促進されることが「Natural Pedagogy theory」(自然教育学理論)によって示されてきた。
一方、日常生活のコミュニケーションでは、視線や表情といった顔に関する情報だけでなく、身体の動作を交えたダイナミックなやり取りが乳児と養育者の間で存在する。このことからも、養育者(他者)の身体動作も乳児の学習を支える一つの要因となる可能性が考えられる。実際、「モーショニーズ」と呼ばれる、養育者から乳児に向けられた大げさな・繰り返しを伴う動きを乳児が好むことは知られている。しかし、どのような身体動作の特徴が乳児の注意を引きつけ、かつ学習を促進させるかについてはほとんど明らかにされていないのが現状だ。
研究グループは今回、他者の身体動作のうち、手の動き、特に物体を差し出す動作に着目し、その手の動作のどのような特徴が乳児の注意や学習を促すかについて調べた。具体的には、生後4か月児96人、10か月児96人の計192人の乳児を対象とした2つの研究(8つの実験)を行った。
4か月児は、「自分に向けられた」「非効率」な動きを選好
生後4か月児を対象とした研究において4つの実験を実施した。研究は、2つの映像を同時に提示し、どちらの映像により注意を向けるかを指標として、それらの映像を区別できるかどうかを調べた。実験1として、乳児に向けて(正面から)弧を描くように曲線的な動きで玩具を見せる動作(非効率な動き)と、手に持った玩具を直線的な動きで見せる動作(効率的な動き)の2つを提示し、どちらの映像を長く見るか調べた。実験2では、2つの映像とも弧を描くような曲線的な動きで手に持った玩具を見せる同一の動作を用いた。一方の動きでは、障害物がないにもかかわらず、弧を描くような曲線的な動きで手に持った玩具を見せる動作(非効率な動き)を提示した。もう一方には、モデルの前に障害物を置き、障害物を避けて玩具を提示する動き(手を曲げて障害物を避けるという、効率的な動き)を提示し、どちらの映像を長く見るかを調べた。実験1と2の結果、4か月児はいずれの場合も非効率な動きを選好することがわかった。
実験3、4では、乳児に向けられた動作(指向性)が重要かどうかを調べるため、実験1、2と同一の映像を側面から撮影した映像を用いた。実験1、2と異なり、実験3では、弧を描くように曲線的な動きで玩具を提示する動作(非効率な動き)を好んで見たにもかかわらず、実験4ではそのような選好は見られなかった(側面からの映像では、非効率な動き情報は利用されない)。これらより、乳児に対して「向けられた」「非効率な」動作が4か月児の注意を引きつける可能性が明らかになった。
生後10か月児は、自分に向けられた非効率な動作により、物体の「学習」が促された可能性
研究2では、研究1で明らかにした手の動きの「指向性」と「非効率性」が物体の学習にどのような影響を与えるかを、生後10か月児を対象に調べた。用いた映像は研究1と同一で、モデルが手に持って乳児に差し出した物体を、乳児が「学習」できるかどうかを調べました。ここでの「学習」は、モデルが玩具Aを差し出す動作を乳児が4回観察した後、玩具Aと全く新しい玩具Bの2つを乳児に提示したときに、全く新しい玩具Bを長く見た場合に学習が成立したと定義した。これは、玩具Aの学習が進むことによりそれを見飽きて、新規玩具Bをより見ることにより説明される。
研究2では4つの実験(実験5~8)が行われた。実験5は、非効率な動きが乳児の物体学習を促すかどうかを調べるため、弧を描くように曲線的な動きで玩具を提示する動作(非効率な動作)を、実験6は、モデルの前に障害物を置き、障害物を避けて弧を描くように曲線的な動きで玩具を提示する動き(手を曲げて障害物を避けるという、効率的な動き)を見せた。さらに実験7は、乳児に向けて手に持った玩具を、直線的な動きで見せる動作(効率的な動き)を、実験8は、実験5で用いた動作を側面から提示し、乳児に向けられていない非効率な動作の映像を提示した。
結果、実験5において、手に持っていなかった新規玩具Bに対する注意が増加し、手にもっていた玩具Aを学習していることが示唆された。しかし、実験6~8では新規玩具Bに対する注意は増加せず、学習の証拠は見られなかった。すなわち、乳児に対して「向けられた」「非効率な」動作が、10か月児の物体学習を促進する可能性が明らかとなった。
乳児の学習の原理の解明、ロボットなどの人工物の構築に貢献する知見
今回の研究により、乳児は自分に「向けられた」「非効率な」動きを選好し、かつ、その動きにより物体の学習が促進される可能性が見出された。この知見は身体を通じた乳児の学習メカニズムの解明の端緒となるだけでなく、乳児の学習の原理の解明に貢献することが期待されます。さらには、ロボットなどの人工物の構築にも貢献する可能性が期待される。
「今後、このような他者の動きにもとづく乳児の学習の背景にはどのようなメカニズムが潜んでいるかについて実験的手法だけでなく、理論的な手法を併せて検討していく予定」と、研究グループは述べている。
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