義歯やブリッジの使用は、歯の喪失による栄養状態への影響を緩和するか
東北大学は7月12日、65歳以上の地域在住高齢者、約5万3,000人を対象に、歯の本数と3年間での10%以上の体重減少との関連が、入れ歯・ブリッジの使用によって異なるかどうかを検討し、その結果を発表した。この研究は、同大大学院歯学研究科歯学イノベーションリエゾンセンター地域展開部門の草間太郎助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of the American Geriatrics Society」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
体重減少は高齢者において重要な健康問題の一つであり、過去の研究から死亡リスクの上昇と関連することが明らかとなっている。口腔は咀嚼など栄養摂取に深く関わっている器官の一つであり、歯を失うことは咀嚼機能の低下につながる。そのため、歯科医療では、歯の喪失による咀嚼機能をはじめとする口腔機能の低下に対して、入れ歯(義歯)やブリッジといった歯科補綴治療を行うことによって、口腔機能の回復を行っている。歯の喪失による口腔機能の低下は、栄養状態に影響すると考えられるが、義歯やブリッジなどの補綴治療によって歯の喪失による栄養状態への影響が緩和されるかどうかについては明らかにされていなかった。
今回の研究は、要介護状態にない地域在住高齢者を対象とした3年間の追跡調査から、歯の少ないことによる体重減少のリスクの増加が、義歯・ブリッジを使っていることによってどの程度減少するのかを明らかにすることを目的に実施された。
歯が19本以下の体重減少リスク、義歯・ブリッジ使用で約1.26倍、未使用で約1.41倍
2010年と2013年に実施されたJAGES(Japan Gerontological Evaluation Study;日本老年学的研究)調査に参加した要介護認定を受けていない65歳以上の高齢者を対象として、2010年から3年後の2013年時点までの間の「10%以上の体重減少」の有無について追跡研究を行った。10%以上の体重減少は、ヨーロッパ臨床栄養代謝学会から高齢者の低栄養状態の指標の一つとして挙げられている。歯の本数は、「20本以上」または「19本以下」の2区分で比較した他、「19本以下」をさらに「10~19本」「1~9本」「0本」と細かく分けての比較も行った。
分析では、性別・年齢・教育歴・等価所得・喫煙歴・併存疾患(がん・脳卒中・糖尿病)・2010年時点でのBMIなどの影響を取り除き、歯の本数が「20本以上」と比較した「19本以下」の時の体重減少のリスクを、「義歯・ブリッジの使用の有無」ごとにそれぞれ算出した。今回算出したリスクはControlled direct effectと呼ばれ、それぞれの「歯の本数が少なくなっても義歯・ブリッジを使っている場合の体重減少のリスク」「歯の本数が少なくなっても義歯・ブリッジを使っていない場合の体重減少のリスク」を表している。
対象者5万3,690人のうち、3年間の追跡期間中に10%以上体重が減少した人は5.8%だった。また、現在歯数が20本以上の人で10%以上体重が減少した人は4.3%であった一方、19本以下の人では6.8%であった。因果媒介分析の結果、現在歯数が19本以下の人における10%以上の体重減少のリスクは、義歯・ブリッジを使っていない場合は約1.41倍(95%信頼区間:1.26-1.59)、義歯・ブリッジを使っている場合は約1.26倍(95%信頼区間:1.08-1.46)となり、現在歯数が19本以下の人でも義歯・ブリッジを使っている人では体重減少のリスクが約37.3%減少することが明らかとなった。また、歯の本数が10~19本の人では、義歯・ブリッジを使っている場合の体重減少のリスクが1.08倍(95%信頼区間:0.91-1.27)と現在歯数が20本以上の人と統計学的に有意な差は見られなかった。
適切な歯科補綴治療は、歯の喪失による全身の健康状態への影響を低減する可能性
今回の研究は、因果媒介分析という手法を応用することによって、歯科補綴治療が歯を失った高齢者において、全身の健康状態の維持に長期的にどのような効果を与えるかを定量的に明らかにした世界ではじめての研究である。生涯にわたってより多く、自分の歯を残すことも健康の維持・増進には重要であるが、研究結果から、たとえ歯を失ったとしても義歯やブリッジといった適切な歯科補綴治療を受けることによって、歯の喪失による全身の健康状態への影響を低減することができる可能性が示された。「公的な医療保険制度を通して、適切な歯科治療をすべての人が受けられる社会の実現は、高齢期における健康問題の予防にもつながる可能性がある」と、研究グループは述べている。
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