がん細胞から放出されるDAMPsで、がんの増殖は制御されるのか?
東京大学先端科学技術研究センターは7月9日、がん細胞から放出されるDAMPsとして、TCTP(Translationally-ControlledTumorProtein)を新たに同定したと発表した。この研究は、同研究センターの柳井秀元特任准教授、半谷匠特任助教、谷口維紹フェローらのグループと、東京大学大学院医学系研究科の小池和彦教授、森屋恭爾教授、同大アイソトープ総合センターの川村猛准教授、金沢大学がん進展制御研究所の大島正伸教授、大島浩子准教授、および東京大学の児玉龍彦名誉教授らとの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Immunology」に掲載されている。
画像はリリースより
がんは免疫系からの攻撃から逃れるために、さまざまな手段を用いていることが明らかとなりつつあり、免疫チェックポイント阻害療法などの免疫療法ががん治療に有用であることも示されている。免疫応答の攻撃からの逃避機構において、MDSCsと呼ばれる骨髄由来の免疫抑制細胞がもたらす腫瘍免疫抑制メカニズムが近年注目されている。MDSCsは、がんや感染症などの際に出現する未熟な骨髄系細胞であり、抗腫瘍免疫応答を担う中心的な細胞であるCD8陽性T細胞の機能を阻害するなどの強力な免疫抑制機能を発揮する。MDSCsは種々のがんにおいて、がんの増殖を促進することが知られていることから、腫瘍内へのMDSCsの流入・機能を阻害することは有望な治療法の開発につながると考えられている。
一方、ヒトの体を構成する細胞は、ダメージを受けたり、死ぬ際にDAMPsという自己分子群を放出することが知られている。また、老化マウスにおいてDAMPsの血中量が増えてくるというような報告もある。これらのDAMPsは、Toll-likereceptor(TLR)などの自然免疫受容体を介して、サイトカインやケモカインの誘導を行い、免疫反応の調節を行う。DAMPsはダメージを受けた細胞から放出され、炎症反応や創傷治癒などの生体反応を促進することが知られていたが、免疫の機能低下におけるDAMPsの役割や、がん細胞から放出されるDAMPsによってがんの増殖が制御されているかについては、多くが未解明だった。
TCTP欠損マウスでがん増殖が低下、TCTPが腫瘍内でケモカインを誘導している可能性
研究グループは今回、死んだがん細胞から放出されるDAMPsを同定するため、がん細胞に細胞死を誘導し、その死細胞から放出された分子群を含む培養上清液をマウスのマクロファージに作用させた。その結果、この培養上清液によりCXCL1やCXCL2といったケモカインやTNF-αなどのサイトカインの遺伝子発現が誘導されることが判明した。そこで、上清中に存在するこれらのケモカイン、サイトカイン誘導を行う分子の精製を進めたところ、TCTPを同定した。実際に、TCTPの組み換えタンパクをマクロファージに作用させると、これらのケモカイン、サイトカインが誘導されること、またこれらの遺伝子誘導はTLR2を介して行われることが明らかになった。
さらに、TCTPを欠損したマウス大腸がん細胞株であるSL4細胞(TCTP KO細胞)を作成してマウスの皮下に移植すると、TCTPを正常に発現するコントロールの細胞と比較し、皮下でのがん増殖が顕著に低下した。また、腫瘍内のケモカイン濃度を測定すると、TCTP KOの腫瘍内のCXCL1/2産生量に顕著な低下が見られた。これはTCTPが腫瘍内においても、これらのケモカインの誘導を行っていることを示唆しているという。
抗TCTP抗体投与でマウスのがんが縮小、PD-1抗体との組み合わせでさらに増殖抑制
MDSCsは不均一な細胞集団だが、その亜集団の一つである多形核球系MDSCs(polymorpho nuclear MDSCs:PMN-MDSCs)は、主にCXCL1/2に対して遊走活性を示すことが知られている。実際に、TCTP KOの腫瘍内ではPMN-MDSCsの割合が顕著に低下しており、また抗腫瘍免疫応答を担う中心的な細胞である、CD8陽性T細胞の数が増加していた。
これらの結果から、TCTPはCXCL1/2などのケモカインの産生を介して、腫瘍中のPMN-MDSCsを増加させてCD8陽性T細胞などの作用を阻害し、腫瘍の増殖を促進させることがわかった。TCTPがどのようにケモカインを誘導するのか、その機構をさらに検討したところ、PMN-MDSCsとは異なったMDSCsの亜集団の一つである単球系MDSCs(monocytic MDSCs:M-MDSCs)に作用し、CXCL1/2を誘導していることがわかったという。
このように、TCTPは腫瘍内へのPMN-MDSCsのリクルートを増強させ、免疫応答を抑制する環境(免疫微小環境)の形成を促進することが明らかになった。さらに、TCTPの作用を抑制する阻害剤や、研究グループが独自に作成した抗TCTP抗体を担がんマウスに投与すると、がんが縮小することも判明。また、免疫チェックポイント分子の阻害に使用されるPD-1抗体と組み合わせることによって、腫瘍の増殖がさらに抑制されることも明らかとなった。
より強力なTCTP阻害剤などの開発に期待
近年、特にがん治療において、免疫チェックポイント阻害療法などの免疫系を制御することによる治療法の開発が注目されている。今回の研究において、TCTPがDAMPsとして作用し、腫瘍中の免疫環境形成に大きな役割を果たしていることが明らかになった。TCTPの作用を阻害することで免疫微小環境形成を調節し、がんの増殖を抑制することが示されたことから、より強力なTCTP阻害剤、および、それらと他の免疫療法との併用療法を開発していくことにより、革新的ながん治療法への応用につながることが期待される。
「新たなDAMPが同定されたことにより、個体の老化による免疫の機能低下におけるDAMPの役割について、解明が進むと期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京大学先端科学技術研究センター プレスリリース