新規向精神薬として期待されるKNT-127、詳しい作用機序は?
東京理科大学は6月29日、オピオイドδ受容体作動薬KNT-127が、内側前頭前野(mPFC)の神経細胞に存在するオピオイドδ受容体に作用すると、神経細胞同士の情報伝達の場(シナプス)で、興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸の放出が減少して脳活動が弱まり、かつ神経細胞自体も興奮しにくくなることを、マウス脳を用いた研究から明らかにしたと発表した。この研究は、同大薬学部薬学科の斎藤顕宜教授、山田大輔助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Biochemical and Biophysical Research Communications」に掲載されている。
画像はリリースより
脳のmPFCは、情動の処理において非常に重要な役割を果たす。その中でも前辺縁領域(PL-PFC)におけるグルタミン酸作動性伝達の活性化は、げっ歯類において不安様行動を誘発することが知られている。
オピオイドδ受容体作動薬KNT-127は抗うつ様・抗不安様作用を持ち、既存の抗不安薬で報告されている記憶障害や消化器症状などの副作用を示さないことから、新規向精神薬として期待されている。研究グループは以前の研究で、KNT-127の局所灌流が、PL-PFCにおいてベラトリンで誘発される細胞外グルタミン酸の上昇およびマウスにおける不安様行動を弱めることを報告している。これは、KNT-127がPL-PFCにおいて、プレシナプスからのグルタミン酸の放出を抑制しているということを示唆する結果だが、その直接的な証拠はまだ得られていなかった。
マウス脳切片でKNT-127投与前後のシナプス応答を比較分析
今回、研究グループは、これまでの研究から示唆された、KNT-127がPL-PFCのプレシナプスからのグルタミン酸放出を抑制するというメカニズムを実験的に証明するため、ホールセルパッチクランプ法を用いて、細胞膜を流れるイオン電流を単一細胞レベルで記録した。プレシナプスから放出されたグルタミン酸がポストシナプスの受容体に結合すると、Na+イオンが細胞内に流れ込んで膜電位が脱分極し、細胞は興奮する。主にNa+イオンの流れによって生じるこの電流は興奮性シナプス後電流(EPSC)と呼ばれ、薬剤による影響を検討する際、その作用がプレシナプスの伝達物質放出によるものか、ポストシナプスの受容体感受性によるものかを知るための重要な手がかりとなる。
まず、摘出されたマウスの脳を人工脳脊髄液に浸し、PL-PFCを含む脳の冠状断面の生切片を作製し、ホールセルパッチクランプ法にて神経細胞のシナプス応答の電流測定を行った。まず、脳切片を人工脳脊髄液に浸し、自発性興奮性シナプス後電流(sEPSC)を、また人工脳脊髄液にテトロドトキシンを加えて投与した際の自発性の微小興奮性シナプス後電流(mEPSC)を測定。さらに、人工脳脊髄液にDOP拮抗薬のナルトリンドール(NTI)を加え、その中で脳切片をプレインキュベーションすることで、DOPを介したシグナル伝達への影響を阻害した。それらの処置に併せてKNT-127投与を行い、投与前後のsEPSCとmEPSC、さらに興奮性シナプス応答のペアパルス比の分析を行った。
KNT-127でグルタミン酸放出抑制、PL-PFCニューロンの細胞膜興奮性低下の可能性
KNT-127がPL-PFCのグルタミン酸作動性シナプスでの伝達物質放出を変化させるか否かを調べるため、まずマウスPL-PFCの主要ニューロンのsEPSCに対するKNT-127の効果を調べた。sEPSCの発生頻度は、KNT-127の非投与下で記録されたものと比較して、KNT-127の投与によって有意に減少した。sEPSCの振幅、立ち上がり時間、減衰時間はKNT-127の影響を受けなかった。mEPSCの平均発生頻度は、sEPSCと同様KNT-127の投与により有意に減少した。一方、NTIでプレインキュベーションした場合、mEPSCの発生頻度に対するKNT-127の効果は検出されなかったという。
これらの結果から、KNT-127の投与によってPL-PFCのDOPを介してプレシナプスからのグルタミン酸放出が抑制されたことが示された。また、ペアパルス比分析からも、KNT-127がPL-PFCのDOPを介してプレシナプスからのグルタミン酸の放出率を低下させるというメカニズムを支持する結果が得られた。PL-PFCニューロンの基本的な特性(活動電位発火および膜特性)に対するKNT-127の影響を調べた結果からは、KNT-127がマウスPL-PFCのニューロンの細胞膜興奮性を低下させる可能性が示唆された。
オピオイドδ受容体を標的とした新規向精神薬の開発に期待
今回の研究により、KNT-127がマウスPL-PFCのプレシナプスからの伝達物質放出とポストシナプスのニューロン興奮性の低下を引き起こしたことが示唆された。KNT-127の作用機序として、情動行動の制御に関連する領域であるPL-PFCにおけるニューロンの興奮性を低下させ、不安様行動を軽減するメカニズムが明らかになったことで、KNT-127の新規向精神薬の開発への応用に向けての研究が加速することが期待される。
今回の成果について斎藤教授は、「現在、うつ病などの治療薬にはSSRIやベンゾジアゼピン系薬物が処方されているが、十分な効果が得られない患者も多いことから、異なる作用機序を持った新規治療薬の開発が望まれている。本研究の成果は、オピオイドδ受容体をターゲットするという、これまでにない新しい作用機序を持った、根拠に基づく向精神薬の開発につながると期待される」と、述べている。
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