抗OJ抗体を確実に測定する方法が求められていたが、検査キットの開発は困難だった
名古屋大学は6月24日、分子生物学的手法により合成したリジルtRNA合成酵素とイソロイシルtRNA合成酵素を用いた「ELISA」という免疫学的手法によって、自己免疫疾患患者血清中の抗OJ抗体が簡便に測定できることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科皮膚科学の室慶直准教授(同大医学部附属病院 診療教授)、秋山真志教授を中心とする研究グループと、産業医科大学産業保健学部成人・老年看護学講座の佐藤実教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Autoimmunity」に掲載されている。
画像はリリースより
膠原病を代表とする全身性の自己免疫疾患は、抗原に対する自己抗体の産生や炎症反応など過剰な免疫反応により生じる。これまでに何十種類にも及ぶ、膠原病に特徴的とされる自己抗体が解っており、その中には病気の診断や病気のタイプ別分類(重症か軽症か、どんな臓器に病気が及ぶか)、予後の推定などに非常に役立つものが多数ある。多発性筋炎/皮膚筋炎といった膠原病や、膠原病の肺病変としても代表的な間質性肺炎の一部においても、特徴的な自己抗体が存在する。その中で、体内でタンパク質が合成される際に重要な酵素群であるアミノアシルtRNA合成酵素(ARS)に対する自己抗体が血清中に存在する患者は抗ARS抗体症候群と呼ばれ、間質性肺炎、発熱、関節炎、筋炎、皮膚症状などさまざまな臓器に病変が生じる。
これまでに6種類の代表的な抗ARS抗体が知られており、そのうちの5種類の抗体については保険収載されている採血検査で測定可能だが、残りの1つである抗OJ抗体については検査キットの開発が困難で、その測定は断念されてきた。海外で市販されている検査キットの中には、本抗体を測定できるとうたっている商品もあるが、これまで偽陽性・偽陰性の結果がほとんどで、臨床使用のレベルには至っていない。抗OJ抗体を確実に測定する方法としては、放射性物質を用い、煩雑で熟練者のみが実施・判定可能な免疫沈降法が唯一の方法だった。今回、研究グループは簡単・安全で、特別な熟練者でなくても同抗体を定量的に測定できる手法を開発すべく研究に取り組んだ。
76検体を独自のELISA法で抗体の陽性と陰性を判定した結果、感度100%・特異度93.8%
抗OJ抗体が反応する抗原は少なくとも8種類のARSと2種類の他のタンパク質との複合体から成っており、そのうちのisoleucyl-ARSが主要な抗体の標的分子であると考えられてきたが、残念ながらisoleucyl-ARSの合成タンパク質を用いた検査キットは開発できない、もしくは市販されているキットも信頼性が低いものしかないのが現状だった。研究グループはこれまでに他の複数の自己抗体について独自のELISAという測定系を樹立させており、今回の研究でこれを抗OJ抗体の測定に応用することにした。
市販のin vitro転写翻訳系(鋳型となるDNAからRNAを合成し、さらにタンパク質合成まで試験管内で行う)というタンパク合成系を用いて発現させたisoleucylARSと、さらに複合体の別の成分であるlysyl-ARSについて患者の抗OJ抗体が反応するか調べたところ、両者ともに免疫沈降法で同定された複数の抗OJ抗体が反応した。
次に、免疫沈降法で抗OJ抗体陽性か陰性かが判明している76例の検体を用いて、ELISA法で抗体の陽性と陰性を判定できるか検討し、それぞれを区別する反応値を決定した。それによって得られた抗体の結果は、isoleucyl-ARSを利用した場合もlysyl-ARSを利用した場合も、感度(免疫沈降法で陽性が確かな検体の陽性率)が100%、特異度(免疫沈降法で陰性が確かな検体の陰性率)が93.8%と高い性能を示した。
抗OJ抗体と悪性腫瘍との関連についてはさらなる研究が必要
さらにlysyl-ARSを用いたELISA法を用いて、皮膚筋炎/多発性筋炎の患者279人と病像や血液検査所見から抗OJ抗体の可能性を考えた特発性間質性肺炎の患者22人の検体を用いて抗OJ抗体の存在を調べたところ、13人の陽性患者が見つかった。これら検体の抗OJ抗体は免疫沈降法を用いた検査でも真に陽性であることが確認された。6人が特発性間質性肺炎、4例が皮膚筋炎、2例が多発性筋炎、1例が筋炎と全身性エリテマトーデスの重複症候群だった。
多くの患者はこれまでいわれてきた抗ARS抗体症候群に見られる症状を多く伴っていることが判明したが、新たに4人の患者に内臓悪性腫瘍が合併していたことが明らかとなり、抗OJ抗体と悪性腫瘍との関連についてはさらなる研究が必要と考えられた。以上の結果から、今回開発した検査法は多くの患者の検体検査に有用であることが示唆された。
病院検査室での抗OJ抗体測定を可能とする検査キットの開発に期待
今回の研究成果により、これまで単一の合成タンパク質を用いた簡便な測定系の開発は難しいと考えられていた抗OJ抗体について、一般の検査室レベルで合成可能なタンパク質による簡便な方法で測定できることが明らかになった。「今後、この領域の専門企業との連携などにより、合成タンパク質の安定した大量生産システムを導入し、病院検査室での抗OJ抗体測定を可能とする検査キットの開発が期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・名古屋大学 プレスリリース