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作業記憶と意思決定が別々の神経経路で処理されていると判明、世界初-京大ほか

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2021年06月25日 PM12:00

霊長類の前頭前野とつながる回路と機能を同時に調べるためには、技術革新が必要だった

京都大学は6月24日、脳の司令塔である前頭前野が関わる「」と「意思決定」の2つの脳機能は、前頭前野から脳深部に伸びる別々の神経経路で処理されていることを初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大霊長類研究所の高田昌彦教授、井上謙一助教、量子科学技術研究開発機構の南本敬史グループリーダー、小山佳研究員らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Science Advances」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

前頭前野は霊長類で最もよく発達した部位であると同時に、その機能は生後の発達とともに成熟し、老化に伴っていち早く機能低下が起こる場所の一つとして知られている。特にその中でも、前頭前野背外側部は記憶、意思決定、注意、実行など、日常生活における思考や行動の中心となる機能に関わり、脳の司令塔としての役割を持つことが知られている。

例えば、買い物に出かける時に買うべきものを一旦覚えるには「作業記憶」の機能、店で数ある商品から選ぶには「意思決定」の機能というように、前頭前野背外側部が異なる機能の指令を出していると考えられている。しかし、この領域からの指令が次にどの脳部位に送られ実際の機能が実現されているか、つまり、作業記憶と意思決定を支える脳回路については明らかにされていなかった。

複数の脳部位の間をつなぐ神経経路は複雑に入り組んでいるため、どこからどこにつながっているかを特定するためには、神経を伝って運ばれる物質を脳に注入し、脳を取り出して経路を観察する方法が一般的だ。しかし、これではどのような情報が流れているかを同時に調べることができない。一方、ネズミなどの小動物では、神経経路の情報の流れを遮断する技術が多用されているが、ネズミの脳は霊長類の脳とは異なる点が多く、特に霊長類で著しく発達した前頭前野の機能を調べるためには、サルを用いる必要がある。これらネズミなどの小動物における情報を遮断する技術をサルに応用するためには、個体ごとに神経経路を正確に割り出す必要があるが、サルの脳は大きく個体差も大きいことから、霊長類の前頭前野とつながる回路と機能を同時に調べるためには、技術革新が必要だった。

前頭前野から尾状核、および視床背内側核に伸びる2つの神経経路があることが判明

研究グループはこれまで、化学遺伝学という手法を用いて神経細胞のスイッチのように働く人工受容体を陽電子断層撮像法(PET)で可視化することにより、サルの神経活動を操作することに成功してきた。今回は同技術を応用し、前頭前野背外側部からどこに神経経路がつながっているかを調べ、その情報の流れをオフにすることで、作業記憶と意思決定が変わるか否かを調べることで、この2つの機能がどの経路で処理されているかを明らかにすることを目的に研究を行った。

人工受容体の遺伝子をもつウイルスベクターを神経細胞に導入すると、その遺伝子情報をもとに人工受容体が作られ、神経経路の中を通って神経細胞の末端まで運ばれる。神経細胞の末端に発現した受容体を可視化することにより、導入した部位とつながりのある脳領域を調べることができる。研究グループは、人工受容体に結合するPET薬剤を開発しPETで可視化する技術を確立している。今回は、左右の前頭前野背外側部の神経細胞に人工受容体の遺伝子情報を導入したサルを同技術で撮像することで、どの部位につながりがあるかを調べた。その結果、人工受容体を導入した前頭前野背外側部と、尾状核、および視床背内側核と呼ばれる部位にPET薬剤が高集積しており、これらの脳領域のつながりが示唆された。そこで、実際に脳を取り出してこれらのつながりを調べたところ、PETで調べた結果と非常によく一致していた。これらのことから、前頭前野から尾状核、および視床背内側核に伸びる2つの神経経路があることが明らかになった。

次に、前頭前野背外側部が関与する高次脳機能の一つである作業記憶について、どの経路が関与するかを調べた。神経末端に発現した人工受容体を作動薬(DCZ)で活性化することで、運ばれてきた情報を数時間に渡って遮断できる。この性質を応用して、DCZを尾状核、または視床背内側核に投与し、それぞれの神経経路を個別に遮断した。作業記憶機能のテストでは、サルが見ている前で左右の穴のどちらかに餌を入れて蓋をし、待ち時間の間カーテンを引いて目隠しをした後、サルに餌が入っている穴を当てさせた。

その結果、前頭前野背外側部から視床背内側核へと伸びる経路の情報を遮断した際に、サルの正しい餌の位置を選ぶ正答率が通常より大きく下がったことから、作業記憶が障害されることがわかった。一方、前頭前野背外側部から尾状核へと伸びる経路を遮断した場合では、正答率に影響はなかった。これらの結果は、前頭前野背外側部から視床背内側核へと伸びる経路が、作業記憶の実現に必須の役割を担っていることを意味するという。

前頭前野背外側部からつながる尾状核と視床の経路が「意思決定」と「作業記憶」に必須

前頭前野背外側部が担う別の重要な高次脳機能である意思決定が、いずれの経路で処理されているかを調べた。意思決定のテストでは、サルに目の前の左右2つの穴に入っている餌から1つを自由に選ばせた。過去の研究から、左への選択には右脳が、右への選択には左の脳が、というように反対側の脳がより強く関与していることが知られている。そのため、この実験では左右1対ある尾状核または、視床背内側核の片側に人工受容体の作動薬(DCZ)を投与して、片側の神経経路の遮断を行った。

その結果、前頭前野背外側部から尾状核へと伸びる経路を遮断すると、サルの選択行動に偏りが生じ、例えば左側の尾状核を遮断すると左側の餌を選ぶといったように、遮断をした側と同じ方向の穴に入っている餌をより選ぶようになった。一方、前頭前野背外側部から視床背内側核へと伸びる経路を遮断した際には、経路を遮断していない場合と同様に、左右の穴からほぼ同じ割合で餌を取った。

これらの結果は、前頭前野背外側部から尾状核へと伸びる経路では、脳と反対側の方向を選ぼうとする意思決定にかかわる情報が送られており、作動薬を作用させて片側の神経経路を遮断したことで左右の脳に流れる情報がアンバランスになったと解釈できた。これら2つの実験結果から、前頭前野背外側部からつながる尾状核と視床の経路はそれぞれ意思決定と作業記憶に必須の経路であることが明らかになった。

サルの脳回路と機能を同時に調べることが可能に、ヒトの脳機能理解の大きな突破口に

今回の研究成果は、ヒト同様に高度に発達した脳を持つ霊長類モデル動物であるサルにおいて、これまで困難だった脳回路と機能を同時に調べることが可能であることを示しており、ヒトの脳機能理解における大きなブレイクスルーとなることが期待される。また、精神・神経疾患における症状には、神経経路における情報の流れの不調が密接に関係すると考えられているものもある。例えば、注意欠如・多動症(ADHD)でみられる不注意、落ちつきのなさ、衝動性などは、同研究でも対象とした前頭前野からの情報の流れの不調が生じているという可能性がある。

「本研究で用いた手法により、このような症状を一時的に再現するサルモデルを作出し、疾患の病態仮説を検証することが可能となり、さらに病態を改善する治療薬の探索に利用するなど、診断・治療法の確立に向けた臨床応用研究にも大きく貢献することが期待される」と、研究グループは述べている。

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