DMD患者の症状をより反映した病態モデルの開発が求められている
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は6月7日、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)由来iPS細胞を用いてDMD患者に見られる筋疲労に似た収縮力低下を再現することに成功したと発表した。この研究は、CiRA臨床応用研究部門、T-CiRA共同研究プログラムの内村智也研究員、櫻井英俊准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports Medicine」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
DMDは、筋肉にあるジストロフィンタンパク質が欠損することによって発症する進行性の重篤な筋疾患で、現在治療薬は限られており根本的な治療方法は開発されていない。現在DMDの治療薬としてはステロイド製剤が主に使用されているが、病気の進行を2〜3年程度遅らせるのみに留まっており、根治に至る、または発症そのものを抑制するような治療薬の開発が切望されている。近年iPS細胞を利用したDMDの病態研究や創薬研究が活発になってきているが、機能的な病態を再現するには至っておらず、よりDMD患者の症状を反映した病態モデルの開発が求められている。そこで研究グループは、患者由来ヒトiPS細胞から分化させた骨格筋細胞を用いて、骨格筋の機能に着目した解析方法の開発を目指して研究を行った。
DMD患者由来iPS細胞から成熟筋細胞へ分化誘導、筋疲労に似た収縮力低下を再現
研究グループは、骨格筋細胞の機能性を評価するためにまず、iPS細胞からより成熟化した筋細胞の分化誘導法を、電気刺激とコラーゲンゲルを用いて開発した。柔らかいコラーゲンゲルの上で培養することで、従来のプラスチック上では不可能であった、より細胞にとって適した硬さを有する足場での培養が可能になった。また、長期間電気刺激による培養を行うことで、筋細胞が成熟化し収縮力など機能評価に適した状態まで誘導することに成功した。実際に、この方法で分化した筋細胞では、筋組織成熟度を表す細胞融合指数として細胞内の核の数を計測する解析において8〜9割の細胞が複数個の核を有しており、細胞融合が促進されていた。また、成熟した筋細胞の特徴であるサルコメア構造も有していた。
次に、成熟化した筋細胞を用いて電気刺激による収縮機能の評価を実施。機能評価には、2例の異なるDMD患者から樹立したiPS細胞株(DMD∆44およびDMD∆46-47)と、1例の健常人由来iPS細胞のDMD遺伝子に変異を入れて病気の状態にしたiPS細胞株(409B2 ex45ノックアウト)を用いた。電気刺激による連続収縮下において、どの株でも培養17〜20日頃では収縮力に差が認められなかったことから、筋管細胞1本1本の最大収縮機能には違いが無いことが推測された。一方で、長期間連続収縮(1週間以上)させていくと、ジストロフィンタンパク質を発現していないDMD細胞では顕著に収縮力が低下していくことが認められた。このことから、ジストロフィンタンパク質が無いと徐々に収縮機能が低下していく、つまり患者に見られる症状である筋疲労の蓄積に似た現象が再現されたと考えられた。
収縮力低下を改善する化合物として筋弛緩薬ダントロレンを同定
次に、研究グループは、筋疲労に似た収縮力低下を改善するような化合物の探索を行った。使用した化合物は、既に臨床で使用されているステロイド製剤(デフラザコート)や過去に動物モデルで効果があると発表された化合物、さらにカルシウムの過剰流入を防ぐ化合物など計30以上。テストの結果、ステロイド製剤では、特に収縮力低下を改善する効果は見られなかった。一方で、筋弛緩薬の1つであるダントロレンでは収縮力低下が著しく改善された。これらの結果からも、この評価システムを用いることで今までとは異なる効能を持つ化合物の同定が期待できる。
最後に、収縮力低下モデルでより多くの化合物を評価(スクリーニング)するために、光遺伝学的手法を取り入れて解析方法の改良を行った。従来の電気刺激を用いた評価モデルでは、1プレート当り6ウェルのプレートを使用していたが、電気刺激に変わって光刺激を用いることで、96ウェルプレートでの筋幹細胞の収縮に成功し、解析方法を確立した。特に、隣り合う4ウェルを1データとして解析することで、データ間でのバラツキを抑えることに成功し、より安定したスクリーニングを行うことが可能になると考えられた。さらに、収縮力低下も光刺激モデルで再現することが出来たため、今後より多くの化合物を評価することが期待される。
治療薬のハイスループットスクリーニングへ
DMDの患者は、筋疲労の蓄積が顕著でありそれによる収縮力低下の低下や筋組織の破壊が引き起こされていると考えられているが、筋疲労を改善し病態の発症を防ぐような創薬は見出されていなかった。今回の研究では、iPS細胞を用いてDMD患者に見られる筋疲労の蓄積に似た収縮力低下を再現し、同時に収縮力低下を抑制する効果を持つ化合物を見出した。さらに、創薬スクリーニングへの展開を見据えて、同時に多数の化合物を評価することを可能にするために、96ウェルプレートでの収縮力評価システムを開発した。多検体をより多く一度に評価するために、384ウェルプレートへの応用展開も含めて、将来的な創薬への道筋を示すことに成功した。研究グループは今後、実際にスクリーニングを行い、薬の種となる化合物を見出すことで筋疲労に似た収縮力低下を改善する薬が、DMDに効果があるかを調べることを目指すとしている。
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