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卵巣で休眠状態の原始卵胞、目覚めに必要なシグナル伝達経路を同定-理研ほか

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2021年05月31日 AM11:15

生殖サイクルの中で原始卵胞の活性化はどのように調整されている?

(理研)は5月28日、マウスを用いて、卵巣内で休眠状態にある「原始卵胞」が成長するために必要な分子機構を発見したと発表した。この研究は、理研生命機能科学研究センター個体パターニング研究チームの高瀬比菜子研究員、羽原興子研究パートタイマーらの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「Development」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

哺乳類の雌では、卵子のもととなる細胞()は胎児期に増殖し、卵巣に蓄えられ、出生後に新しく作り出されることはない。1つひとつの卵母細胞は、母体の体細胞である扁平な前顆粒膜細胞に包まれた「原始卵胞」と呼ばれる構造をとり、活性化されるまで休眠している。性成熟後に原始卵胞は徐々に活性化され、卵母細胞は成長を開始し、前顆粒膜細胞は顆粒膜細胞に分化して成熟した卵胞となり、排卵に至るという周期的な生殖サイクルを支える。卵母細胞の成長には体細胞からのサポートが必要であるため、卵母細胞と前顆粒膜細胞は同じタイミングで活性化する必要がある。原始卵胞の活性化異常は、早発卵巣不全など、不妊に関わる病気の原因となり得る。

卵母細胞については、休眠に関わる転写因子FOXO3が同定されるなど活性化メカニズムについて報告されているが、前顆粒膜細胞の活性化がどのように引き起こされるのかよくわかっていなかった。そこで、国際共同研究グループは、前顆粒膜細胞で活性化しているシグナル伝達経路を探索し、原始卵胞活性化のメカニズムを明らかにすることを目指した。

前顆粒膜細胞から顆粒膜細胞への分化には自己分泌型Wntシグナルが必須

国際共同研究グループは、さまざまな臓器の発生段階において多岐にわたる機能を発揮する分泌型の糖タンパク質Wntに着目した。哺乳類が持つ19種類のWnt遺伝子全ての発現パターンを生後3週齢のマウスで調べたところ、Wnt4、Wnt6、Wnt11が原始卵胞の活性化と同じタイミングで、前顆粒膜細胞および顆粒膜細胞で発現していることを発見した。

次に、Wntシグナルを受容する細胞を調べるため、Wntシグナルを受け取った細胞が蛍光タンパク質を発現する遺伝子改変マウスを利用し、卵巣でのWntシグナルの活性化を解析。その結果、Wntシグナルは原始卵胞の前顆粒膜細胞で最も強く活性化し、前顆粒膜細胞の活性化後には速やかにシグナルが抑えられることが判明した。これは、前顆粒膜細胞が分泌したWntが自分自身に作用していることを示唆するという。Wntの空間的・時間的な発現パターンはその機能と密接に関わっていることから、前顆粒膜細胞の自己分泌により活性化したWntシグナル経路が原始卵胞の活性化に関与している可能性が考えられた。

種々のマウス実験で自己分泌型Wntシグナルは「許容的な役割」と判明

そこで、Wntシグナルが原始卵胞の活性化に必要であるかを検証するため、Wntの分泌に必須のWntless(Wls)遺伝子を、顆粒膜細胞を含む卵巣の体細胞で特異的にノックアウトした「Wls 条件付きノックアウトマウス(Wls cKOマウス)」を作出し、卵巣でWntシグナルを抑制した場合の表現型を解析。Wls cKOマウスは健康に成長したが、卵巣のサイズは小さく、不妊となった。また、血液中の卵胞刺激ホルモンの濃度が増加するなど、ヒトの早発卵巣不全患者と類似したホルモン動態も観察された。

さらに、Wls cKOマウスの原始卵胞では異常が見られなかったが、卵母細胞が活性化し成長を開始しても、顆粒膜細胞は扁平のままで未熟な性質を示した。これにより、前顆粒膜細胞の活性化にはWntシグナルが必要であり、Wls cKOマウスでは卵母細胞と前顆粒膜細胞の活性化状態に乖離が起きていると考えられた。前顆粒膜細胞が活性化できないWls cKOマウスの卵母細胞は、成長を開始するものの、発育の遅延が見られた。さらには、休眠状態の維持に重要な転写因子FOXO3が核内にとどまるなど、卵母細胞が休眠状態から脱していない特徴を示した。したがって、卵母細胞の成長にはWntシグナルによって正常に分化した顆粒膜細胞が必要であると考えられた。

最後に、Wntシグナルのみで前顆粒膜細胞の活性化を引き起こすことができるかを検証。Wntは細胞膜上の受容体に結合すると、細胞内のβカテニンを活性化し、シグナルを伝える。Wntシグナルを恒常的に活性化するβカテニン活性型変異遺伝子を利用して、前顆粒膜細胞でWntシグナル経路を活性化する実験を行ったところ、前顆粒膜細胞は厚くなったものの、原始卵胞の活性化を引き起こすには至らなかった。この結果は、原始卵胞の活性化において、Wntシグナルは必要であっても十分ではなく、「許容的」な役割を果たすことを示しているという。一方、卵巣培養系を用いた解析では、Wntシグナルを活性化する薬剤の投与によりWls cKOマウスの顆粒膜細胞の分化不全が正常に戻り、また、野生型マウスの卵胞においても顆粒膜細胞の分化を促進することが示された。

将来的な不妊治療への応用に期待

今回、原始卵胞が正しく活性化され、発育するためには前顆粒膜細胞におけるWntシグナルが重要な役割を果たすことが明らかになった。卵母細胞の成長には十分に活性化した顆粒膜細胞が必要と考えられるため、Wnt活性化剤により培養系における顆粒膜細胞の分化促進が確認されたことは、将来的には、ヒトや希少動物の原始卵胞を効率的に活性化する技術などへ応用できる可能性がある。研究グループは、「今回の研究成果は、女性不妊の原因の一つである原始卵胞の不十分な活性化メカニズムへの理解と、将来的な不妊治療への応用が期待できる」と、述べている。

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