希少難病「ミトコンドリア病」、変異部位によってさまざまな症候群を有する
京都府立医科大学は5月27日、体細胞において臨床応用可能な手法を用いて、ミトコンドリアDNAを置換する技術を開発したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科人工臓器・心臓移植再生医学講座の五條理志教授、上大介講師、同循環器内科学の前田英貴研修員、前田遼太朗研修員、志熊明大学院生の研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
ミトコンドリアは全ての細胞に存在するエネルギー供給器官として広く認識されており、細胞死を支配し、炎症・免疫のハブとしての役割を果たす等の機能を通してさまざまな疾患に関与している。細胞内小器官で唯一遺伝情報(ミトコンドリアDNA)を有しており、この遺伝情報の変異は重篤な機能不全(ミトコンドリア病)を引き起こす。
変異部位によってさまざまな症候群を有していることから、ミトコンドリア病は、その経過・予後を十分に予測できない希少難病。現在まで、ミトコンドリア病には根治療法は存在していない。
ヒト線維芽細胞を用いミトコンドリアDNA置換細胞(MirCs)の作出に成功
研究グループは、ヒト線維芽細胞にミトコンドリアDNAの特定の配列を認識して切断する制限酵素と、細胞内に存在するとミトコンドリアに運搬される配列を融合したタンパク質をコードする遺伝子配列を導入することで、ミトコンドリアDNAを削減した。これにより、細胞は貪食能を亢進し、外来性単離ミトコンドリアの共培養による内在化を、今までの方法では実現することが出来なかったレベルにまで向上させることができた。
加えて、内在するミトコンドリアには外来性ミトコンドリアDNAを受け入れるニッチが形成され、短期間でミトコンドリアDNAが元来の量に回復し、そのほとんどが外来性に由来するDNAで占められた。当該細胞をミトコンドリアDNA置換細胞Mitochondrial DNA-ReplacedCells(MirCs)と呼称することとした。作出されたMirCsは、ミトコンドリアDNA削減により低下した増殖能力及び呼吸機能を回復することが認められた。
ミトコンドリア病患者由来MirCs、ミトコンドリア呼吸機能を健常匹敵レベルまで回復
そこで研究グループは、ミトコンドリアDNAがコードする呼吸鎖複合体Iに変異を有するミトコンドリア病患者由来皮膚線維芽細胞を用いて、変異を持たない細胞からの単離ミトコンドリアをドナーとしてMirCsを作製。細胞のミトコンドリアDNAの変異を有している割合(ヘテロプラスミー)は90%以上であったが、健常なミトコンドリアDNAが75%を占めるほどに置換された。
MirCsの増殖停止までの期間は、分裂回数にしてほぼ2倍に延長していた。MirCsはミトコンドリア呼吸鎖複合体Iの機能不全が、ミトコンドリアドナー細胞に匹敵する位に改善した。加えて、オリジナルの細胞では自然免疫に深く関与している炎症性サイトカインが上昇しているが、MirCsは健常者の線維芽細胞と差がないレベルにまで低下した。
ミトコンドリアDNA置換技術、Reversionが生じないことを示唆
生殖補助医療において、第三者からのミトコンドリアでミトコンドリア病の発症を予防できることが示されているが、残存する数少ない内在性ミトコンドリアDNAが再び優勢となるほどにヘテロプラスミーを変化させる現象(Reversion)が、懸念材料だ。
ミトコンドリア病患者由来細胞からの健常ミトコンドリアDNAで置換したMirCsを用いて、iPS細胞を作製し半年に及ぶ長期間培養を実施。その結果、ヘテロプラスミーは変化せず安定していた。このことは、この研究で確立した体細胞におけるミトコンドリアDNA置換技術は、Reversionが起こらないことを示唆するものだ。
外来ミトコンドリアは内在ミトコンドリアと短時間接触してDNAを置き換え
続いて、MirCs作出の中で、ミトコンドリアDNAがどのように細胞内に生着するのかを確認するために、外来ミトコンドリアのタンパク質成分およびミトコンドリアDNAと複合体を形成しているタンパク質成分に蛍光標識を行ない、超精細顕微鏡で経時的に観察。
外来ミトコンドリアは内在ミトコンドリアと短時間接触し、ミトコンドリアDNAは内在ミトコンドリアにこの接触時に移動する。ミトコンドリアDNAを失った外来ミトコンドリアは短時間で崩壊することを確認した。このKissing-Awayのごとき現象は、原核生物における遺伝子水平移行が真核生物の細胞質内で起こっている現象と思われるとしている。
ミトコンドリア病患者への臨床試験を計画中
今回の研究は、ミトコンドリアDNA変異によるミトコンドリア病の根治治療の構築につながる可能性があるという。同研究成果は、2019年8月に国際特許に出願・登録され、共同研究を行なっているボストンのImel Biotherapeutics, Inc.により、ミトコンドリア病患者への臨床試験が計画されている。加えて、ミトコンドリアは免疫老化と極めて深い関係にあり、本技術がT細胞へ応用できることはすでに第三者により再現性が確認され、GMP対応SOPは作成済みだという。
現在、Imel Biotherapeutics, Inc.の子会社Imel Therapeutics Japanによって、免疫疾患・がん治療への展開が計画されている。
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