がん部位イメージング法を応用した新規蛍光プローブPR-HMRG
東京大学は5月24日、腫瘍細胞における酵素活性を利用する仕組みを応用することで、手術中に脳腫瘍を蛍光標識できる局所投与型の蛍光プローブを開発したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科脳神経外科学の田中將太講師、北川陽介大学院生(研究当時)、齊藤延人教授、同大学院薬学系研究科薬品代謝化学・医学系研究科生体情報学の浦野泰照教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Clinical Cancer Research, a journal of the American Association for Cancer Research」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
脳腫瘍で最も多く見られる神経膠腫の治療では、手術によって腫瘍を摘出する際の取り残しをできる限り無くすことが極めて重要だ。しかし、染み込むように発育する腫瘍のため、肉眼では非腫瘍部分との判別が難しく、脳を闇雲に大きく取り除くこともできない。
患者の術後状態を悪くせずに腫瘍を最大限摘出するために、術中に蛍光プローブによる腫瘍の可視化することが有効だ。現在、5-アミノレブリン酸(5-ALA)が唯一保険収載されている薬剤として使用されているが、蛍光を示すまでに時間がかかるため術前内服が必要であり、手術終盤で蛍光が弱まりがちであるといった難点がある。そこで、研究グループは、開発済みであったHydroxymethyl Rhodamine Green(HMRG)を蛍光母核とした300種類以上のアミノペプチダーゼ型蛍光プローブライブラリーを用いて、がん部位イメージング法を応用した新しい蛍光プローブPR-HMRGを開発した(国際特許出願済)。
局所に直接投与後、数分で腫瘍を識別可能。繰り返し使用も
研究グループは、蛍光プローブライブラリーを用いて、組織を破砕したライセートによる一次スクリーニング、手術で得られた新鮮検体による二次スクリーニングを行い、これらのデータを統合的に解析した数理的計算の三次スクリーニングを経て、膠芽腫を標識可能な蛍光プローブとして、プロリン(P)-アルギニン(R)のアミノ酸の組み合わせがHMRGに結合したPR-HMRGを選出した。
続いてプロテオーム解析により、この蛍光プローブに酵素反応を引き起こした標的酵素として4つの酵素を選出。そして、阻害薬実験や精製酵素による実験から、カルパイン1が標的酵素として同定された。ヒト膠芽腫のライセートを用いたリアルタイムPCRによるRNA発現の検証、病理組織学切片の免疫組織染色等によるタンパク質発現の検証からも、標的酵素はカルパイン1として矛盾しない結果だった。
さらに、ヒトの膠芽腫から樹立された培養細胞U87を用いてPR-HMRGプローブを検証し、培養細胞をマウス脳内に移植した動物実験で、実際にPR-HMRGプローブが腫瘍をきれいに蛍光標識できることを確認したという。
この蛍光プローブは、局所に直接投与後わずか数分で腫瘍を識別可能という即時性を持ち合わせ、微量投与のため安全で、かつ繰り返し使用可能という利点を有しているため、実際の手術において局所投与で使用可能だと考えられるとしている。
将来的には、臨床試験を経て臨床応用を目指す
研究グループは、引き続き、非臨床試験によりPR-HMRGプローブの有効性と安全性を検証中。将来的には実際に患者に投与する臨床試験を経て、臨床応用を目指す。この医用イメージング技術を既存の5-ALAと併用することで、蛍光波長も蛍光メカニズムも異なる二つの蛍光プローブにより腫瘍を特異的に標識し、より精度の高い術中蛍光標識が可能になると考えられる。
膠芽腫の手術において、腫瘍摘出度が上昇し腫瘍残存が低減することで、患者の予後改善が期待される。脳外科手術で用いられている通常の顕微鏡に特殊なフィルターを装着するだけで、励起光は簡単に用意可能だ。すでに、5-ALA用のフィルターは多くの顕微鏡に搭載されているので、臨床応用は比較的容易であると思われる。今後、PR-HMRGプローブは脳腫瘍手術のブレークスルーになり得ると期待される、と研究グループは述べている。