感染者はスパイクタンパク質に対し、中和抗体以外にも多くの抗体ができている
大阪大学免疫学フロンティア研究センター(iFReC)は5月25日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者由来の抗体を解析し、新型コロナウイルスに感染すると感染を防御する中和抗体ばかりでなく、感染性を高める感染増強抗体が産生されていることを発見したと発表した。この研究は、大阪大学の荒瀬尚教授を中心とした微生物病研究所・蛋白質研究所・免疫学フロンティア研究センター・感染症総合研究拠点・医学系研究科等から成る研究グループによるもの。研究成果は、「Cell」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の受容体結合部位(RBD)に対する抗体は、ヒトの受容体であるACE2との結合を阻害することにより、新型コロナウイルスの感染を抑える中和抗体として重要な機能を担っている。実際、最近のさまざまな変異株が中和抗体の認識部位に変異を獲得したことから、抗体がウイルスの排除に非常に重要な機能を担っているために、ウイルスが中和抗体に認識されない変異を獲得したと考えられる。一方、COVID-19患者においては、中和抗体以外にスパイクタンパク質に対する多くの抗体が産生されるが、これまでそれらの抗体の詳細な機能は明らかでなかった。
患者由来の76種類の抗体を解析、Fc受容体非依存的な感染増強抗体を発見
抗体はウイルス感染防御に重要な機能を担う一方で、ウイルスに対する抗体によって感染が増悪する現象が知られており、その現象は抗体依存性感染増強(ADE)と言われている。ADEはデングウイルス等で知られており、一度デングウイルスに感染した後、異なる型のデングウイルスに感染すると、最初の感染によって産生された抗体によって重症化する場合がある。また、コロナウイルスの1つである猫伝染性腹膜炎ウイルスにおいても、ウイルスに対する抗体が増悪因子になることが報告されている。これらの抗体による感染増強には、ある種の免疫細胞が発現しているFc受容体が関与していると考えられてきた。すなわち、ウイルス粒子に結合した抗体が細胞のFc受容体に結合すると、Fc受容体を介してウイルス感染が引き起こされる。しかし、これらのFc受容体を介した感染は、Fc受容体を発現した特定の免疫細胞に限定されるため、体の中の多くの細胞の感染にはあまり関与していないと考えられてきた。
そこで今回、研究グループは、COVID-19患者で産生される抗体の機能を解明するために、COVID-19患者の免疫細胞からクローニングされたスパイクタンパク質に対する抗体遺伝子をヒト細胞に発現させて用意した、76種類のスパイクタンパク質に対する抗体の機能を詳細に解析した。その結果、今までに知られていたFc受容体を介した抗体依存性感染増強とは全く異なり、ウイルス粒子に結合するだけで感染性をFc受容体非依存性に高める抗体が存在することが明らかになった。
スパイクタンパク質はNTD、RBD、S2から構成される。COVID-19患者の免疫細胞から同定された76種類のスパイクタンパク質に対する抗体を解析したところ、スパイクタンパク質へのACE2の結合を阻害するRBDに対する抗体ばかりでなく、ACE2の結合性を増加させる抗体がNTDに対する抗体の中に存在することが判明した(以下、感染増強抗体)。一方、ほとんどの抗体は、スパイクタンパク質に結合しても、ACE2の結合性に影響を与えなかった。また、抗NTD感染増強抗体は濃度依存性にACE2の結合性を増加させたが、それ以外のNTDに対する抗体にはACE2の結合性の増加は認められなかった。
感染増強抗体は中和抗体の感染を防ぐ作用を減弱
さらに、これらの感染増強抗体は、中和抗体によるACE2結合阻害能を減弱させることが判明した。つまり、感染増強抗体が産生されると、中和抗体の効きが悪くなる可能性が考えられる。また、感染増強抗体は実際に新型コロナウイルスのヒト細胞への感染性を顕著に増加させることが判明した。感染増強抗体による感染性の増加は、抗体によるスパイクタンパク質への直接的な影響であり、Fc受容体は関与していない。したがって、今までに知られていた抗体依存性感染増強とは全く異なる新たなメカニズムが存在することが判明した。
感染増強抗体の認識部位を明らかにするために、NTDのさまざまなアミノ酸をアラニンへ置換することによって、感染増強抗体のエピトープ解析を行った。その結果、感染増強抗体はいずれもNTDの特定の部位を認識することが明らかになった。さらに、抗体の結合様式を解析するためにクライオ電子顕微鏡法で抗体とスパイクタンパク質との複合体を解析すると、NTDの下面に結合することが判明した。
感染増強抗体がNTDに結合<NTDが引っ張られRBDが開く<ACE2との結合促進
次に、抗NTD感染増強抗体による感染増強のメカニズムについて解析を行った。ACE2はスパイクタンパク質のRBDが開いた構造をとると結合しやすくなり、感染性が高まることが知られている。そこで、開いたRBDに特異的な抗体を用いて感染増強抗体の影響を解析したところ、抗体がNTDの感染増強部位に結合するとスパイクタンパク質のRBDが開いた構造をとりACE2と結合しやすくなることが明らかになった。さらに、NTD同士が抗体で架橋されることでNTDが引っ張られ、その結果、RBDが開いた構造をとることが明らかになった。これらのことから、スパイクタンパク質のNTDはRBDの機能を制御する重要な機能領域であることが明らかになった。
COVID-19重症患者は感染増強抗体を高産生、非感染者も少量持つ場合も
さらに、COVID-19患者における感染増強抗体の解析を行ったところ、競合阻害法によって、感染増強抗体が特異的に検出できることが判明した。そこで、COVID-19患者における感染増強抗体と中和抗体を測定し、その差を解析した。結果、重症患者では感染増強抗体が高い傾向が認められた。また非感染者においても感染増強抗体を持っている人が存在することが判明した。したがって、感染増強抗体を持っている人の感染やワクチン投与によって、感染増強抗体の産生が高まる可能性が考えられた。
感染増強抗体の産生を誘導しないワクチン開発が必要になる可能性
感染増強抗体の産生は、重症化に関与している可能性があるが、実際に体内で感染増悪に関与しているかはまだ不明であり、今後の解析が必要だ。しかし、感染増強抗体の産生を解析することで、重症化しやすい人を検査できる可能性があることもわかった。研究グループは、「中和抗体ばかりでなく感染増強抗体を解析することが重要。また、中和抗体が十分効かない変異株に対しては、感染増強抗体が優位に作用する可能性があるため、将来的には感染増強抗体の産生を誘導しないワクチン開発が必要になる可能性がある」と、述べている。