MeCP2遺伝子の機能異常が原因の発達障害、さらなる発症メカニズム解明を目指す
九州大学は5月19日、レット症候群の原因因子であるmethyl-CpG binding protein 2(MeCP2)がマイクロRNA(miRNA)を介して神経幹細胞の分化を制御していることを発見し、そのメカニズムを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院の中嶋秀行助教、中島欽一教授ら、広島大学大学院統合生命科学研究科の今村拓也教授、名古屋大学大学院理学研究科・高等研究院の辻村啓太特任講師、慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授らとの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
X染色体上に存在するMeCP2遺伝子の変異は、レット症候群をはじめ、自閉症、てんかん、統合失調症などを含めたさまざまな精神疾患・神経発達障害への関与が示唆されている。レット症候群は獲得された運動、言語能力の喪失、精神遅滞、自閉症傾向などを示す進行性の神経発達障害。神経系細胞特異的にMeCP2を欠損したマウスはレット症候群患者と類似の表現型を示すことからMeCP2の神経系での機能が重要であることが示唆されている。一方で、レット症候群の表現型に関与する決定的な下流標的因子は未だに同定されておらず、レット症候群発症機序の全貌は明らかになっていない。
研究グループは先行研究により、MeCP2がmiRNAマイクロプロセッサーであるDrosha複合体と会合し、特定のmiRNA(miR-199a)のプロセシングを促進することを見出している。また、レット症候群の死後脳では、miR-199a発現が減少しており、miR-199a欠損マウスは、MeCP2欠損マウスと同様の表現型を示すことも明らかにしていた。しかし、先行研究は、神経幹細胞から産生されたニューロンでのMeCP2機能にのみ焦点を当てたもので、ニューロン以外にもアストロサイトなど、他の神経系細胞を生み出し、脳発生に重要な神経幹細胞における機能は不明のままだった。そこで研究グループは、脳の発達過程におけるMeCP2およびmiR-199aの機能を明らかにすることで、MeCP2遺伝子の機能異常が原因で引き起こされる発達障害のさらなる発症メカニズム解明を目指し、研究を進めた。
MeCP2/miR-199a欠損マウス脳、神経幹細胞の分化バランスがニューロン→アストロサイトへシフトの可能性
研究グループは、生後1日目の野生型およびMeCP2欠損、miR-199a欠損マウス脳から海馬を取り出し、細胞遺伝子発現解析を実施。その結果、MeCP2欠損およびmiR-199a欠損海馬では共通してニューロン細胞集団が野生型海馬より減少している一方、アスロトサイト細胞集団は増加していることが明らかとなった。この結果より、MeCP2欠損およびmiR-199a欠損マウス脳では神経幹細胞の分化バランスがニューロンからアストロサイトへシフトしている可能性が考えられた。
そこで、胎生14日目の野生型およびMeCP2欠損、miR-199a欠損マウスから神経幹細胞を単離し、培養皿の上で分化誘導を実施。その結果、MeCP2欠損およびmiR-199a欠損神経幹細胞はニューロンへの分化が減少し、アストロサイトへの分化が増加していることを確認した。また、詳細な解析により、miR-199aは脳の発達過程に重要な機能をもつBMPシグナルの下流転写因子Smad1をターゲットにすることで神経幹細胞の分化を制御していることを突き止めたという。
MeCP2/miR-199a/Smad分子ネットワーク、レット症候群病態で重要な役割
続いて、マウスで得られた結果と同様の現象が実際のレット症候群患者の脳でも引き起こされている可能性を調べる目的で、レット症候群患者由来のiPS細胞から脳オルガノイドを作製し検討を加えた。その結果、レット症候群患者iPS細胞由来脳オルガノイドではアストロサイトへの分化が亢進しており、Smad1タンパク質量も増加していることが判明。さらに、レット症候群患者iPS細胞由来脳オルガノイドへBMPシグナル阻害剤を添加することで、これらの表現型を改善できることを見出した。
これらの結果から、MeCP2はmiR-199aを介して神経幹細胞の分化運命決定を制御しており、MeCP2/miR-199a/Smadという分子ネットワークがレット症候群病態において重要な役割を果たしていることが明らかになった。
BMPシグナル阻害など、新規治療法開発に期待
今回の研究結果により、レット症候群の原因因子MeCP2が脳の発達過程において重要な役割を担っていること、MeCP2変異を有するレット症候群の病態に新たな知見を提供したとしている。
今回の成果を基に、今後は、BMPシグナル阻害による方法なども含めて、レット症候群を含めた発達障害の新規治療法開発につながることを期待する、と研究グループは述べている。
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・九州大学 研究成果