ミオスタチン中和抗体、ActRIIB-Fc製剤、FST-Fc製剤の課題克服へ
東京大学は5月17日、新規ミオスタチン阻害薬として「1価Follistatin-Like-3(FSTL3)-Fc」を開発したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の森川真大助教、小澤崇之博士課程大学院生(研究当時)、宮園浩平教授らの研究グループと、東京薬科大学生命科学部の伊東史子准教授、スウェーデン王立工科大学のPer-Åke Nygren(ペールオーケ・ニグレン)教授との国際共同研究によるもの。研究成果は、「iScience」に掲載されている。
画像はリリースより
1990年代後半に骨格筋の成長を負に制御する因子としてミオスタチンが同定されて以来、ミオスタチンの機能を抑制することで骨格筋の肥大や筋力の増大を目指す、ミオスタチン阻害薬の開発が活発に行われてきた。これまで、ミオスタチン中和抗体やミオスタチンと結合する受容体(アクチビンIIB型受容体)の配列を使ったFc融合タンパク質であるActRIIB-Fc製剤など、さまざまな製剤が開発され、臨床試験で治療効果が評価されてきた。しかし研究が進むにつれ、骨格筋を肥大させるためには、ミオスタチンを含むTGF-βファミリーの複数因子を過不足なく阻害する必要があることがわかってきた。
前述の先行製剤に関しては、ミオスタチン中和抗体によるミオスタチン単独の阻害では効果が不十分であり、逆に複数因子を一括して阻害するActRIIB-Fc製剤では必要以上の因子を阻害することで出血等の副作用を認め、これらの製剤の開発は現時点では中断されている。特に、ActRIIB-Fc製剤は、血管内皮細胞の機能に重要な骨形成因子BMP9、BMP10を阻害してしまうことが問題となっている。
最近、TGF-βファミリーの内在性アンタゴニストとして知られるフォリスタチン(FST)の配列を用いたFST-Fc製剤が開発された。BMP9、BMP10を阻害しないため有望と考えられていたが、FST-Fc製剤は全身投与後すぐに血中から排除されてしまうため局所注射でしか用いることができなかった。一方、受容体側を標的とした治療法についても開発が進み、アクチビンII型受容体の機能を阻害する抗体の臨床試験が行われている。
このようにミオスタチンを含むTGF-βファミリーの阻害薬は骨格筋の肥大や筋力の増大をもたらすことが期待されてきたが、副作用を回避するためにも標的と考えられる因子を過不足なく阻害し、全身投与可能な新たな製剤の開発が望まれている。
1価FSTL3-Fcをマウスに投与、先行製剤と同等の骨格筋肥大効果、副作用を認めず
今回、研究グループはTGF-βファミリーの内在性アンタゴニストの中で、骨格筋に関係した作用を持つ因子に対して選択性が高いFollistatin-Like-3(FSTL3)に注目した。特に、FSTL3は血液中に存在することが報告されていたため、全身投与に適していると考えられた。まず、先行薬であるActRIIB-FcやFST-Fc同様、一般的に用いられている方法でFSTL3-Fc融合タンパク質を作成した(以下、2価FSTL3-Fc)。2価FSTL3-Fcは、骨格筋を負に制御するミオスタチン、アクチビン、GDF11と結合したが、副作用に関係するBMP9を含む他のTGF-βファミリー分子を阻害しないことを確認した。しかし、2価FSTL3-Fcは、マウスへの全身投与後すぐに血中から排除されてしまい、局所投与でしか骨格筋肥大効果を認めなかったという。
一般的に用いられている方法でFc融合タンパク質を作成した場合、2つのFSTL3-Fc分子が二量体を作り2本腕のFSTL3-Fc(2価FSTL3-Fc)になる。そこで研究グループは、この2本腕の状態が血中半減期に悪影響を与えていると考え、タンパク質工学の手法を駆使して1本腕のFSTL3-Fc(1価FSTL3-Fc)を作成した。1価FSTL3-Fcは、マウス血中での安定性が改善し、先行製剤であるActRIIB-Fcと同等の骨格筋肥大効果が全身的に認められた。また、ActRIIB-Fcで問題となった膵臓や脾臓での副作用は認められなかったことがわかった。
がん悪液質、サルコペニア、筋ジストロフィーなどの治療薬として有望
有効でかつ副作用の可能性の低いミオスタチン阻害薬は、進行したがんで見られる悪液質や高齢者におけるサルコペニアなどの骨格筋萎縮症、また筋ジストロフィーなどの神経筋疾患の治療薬として有望と考えられる。さらに、すでにミオスタチン阻害薬の先行製剤で効果が検討されているが、骨格筋のもつ代謝機能を改善することで肥満や2型糖尿病といった疾患の治療につながることも期待される。
研究グループは、1価FSTL3-Fcで得た知見をもとに、Fc融合以外の方法で作成したFSTL3製剤を評価中だという。また、ドラッグデリバリーシステムの技術を活用して、骨格筋でのみ効果を発揮する方法を検討している。「今後、さらに副作用の可能性の低いミオスタチン阻害薬を開発し、臨床への還元を目指したい」と、研究グループは述べている。
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・東京大学大学院医学系研究科・医学部 プレスリリース