「コロナ制圧タスクフォース」はCOVID-19に関してアジア最大のバイオレポジトリー
慶應義塾大学は5月18日、コロナ制圧タスクフォースにより日本人集団における新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)重症化因子の有力候補が発見されたことを発表した。この発表は、慶應義塾大学、東京医科歯科大学、東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター、北里大学、京都大学により行われたもの。研究成果は、学術雑誌への投稿に先立ち、プレプリント・サーバー「medRxiv」への掲載を通じて迅速に発信される予定となっている。
画像はリリースより
世界が直面しているCOVID-19という目に見えぬ未知の脅威により、日々世界中で多くの人々が亡くなり、また、後遺症に苦しんでいる。この現状を前にして、「医学」「科学」という観点から国際社会に貢献すべく、第一線で診療にあたる臨床家を始め、感染症医学、ウイルス学、分子遺伝学、ゲノム医学、計算科学、遺伝統計学を含む異分野の専門家が自然と集まり、ボランティアの協力も得ながら人材の多様性が高いチーム構成で2020年5月、「コロナ制圧タスクフォース」が立ち上げられた。発足当初は40医療機関・施設の参画を得て開始したが、医療現場の最前線に立つ医療従事者から多大な協力を得た結果、その規模は瞬く間に大きくなり、発足後わずか6か月で100以上の施設が参加するネットワークが形成された。現在も協力の輪は広がり続けている。
コロナ制圧タスクフォースでは、当初、日本でCOVID-19に罹患した600人の患者から血液検体を集積して解析することを目標としていたが、多くの医療従事者、患者の理解と協力が得られた結果、2021年4月末の時点で、当初の目標を遙かに上回る、3,400人以上の患者から血液検体と臨床データを集積することができた。これは、現在、COVID-19に関して、生体試料を併せ持つアジアで最大のコホート(バイオレポジトリー)となっている。
研究開始から1年経過した現在も、多忙を極める中、コロナ制圧タスクフォースの目指す方向に賛同し、新たに共同研究に参加する医療機関もある。コロナ制圧タスクフォースは2021年度中にさらに規模を拡大し、6,000症例の集積を目指している。また、COVID-19制圧に向けた社会へのさらなる貢献を目指して、国の公共データベースを含めて、さまざまな機関と協力体制を広げていく予定となっている。
アジア人特有のDOCK2遺伝子領域バリアント、非高齢者で約2倍の重症化リスク
今回、コロナ制圧タスクフォースの研究チームは、新型コロナウイルス感染症に罹患して重篤化し、酸素が必要となったり、ICUに入室したり、また、命を落とした患者における遺伝的背景の関与を調べるために、収集した検体のうち、約2,400人分のDNAを用いて、ゲノムワイド関連解析を行った。2,377人の日本人集団コントロールのDNAと比較した結果、日本人COVID-19患者において、5番染色体上の領域(5q35)のヒトゲノム配列の多型(バリアント)が、65歳未満の非高齢者において約2倍の重症化リスクを有することを発見した。
この領域には、免疫機能に重要な役割を担うDedicator of cytokinesis 2(DOCK2)という遺伝子が含まれていた。今回同定されたDOCK2遺伝子領域のバリアントは、日本人を含む東アジア人集団では約10%と高頻度に見られるバリアントである一方、研究が先行する欧米人集団においてはほとんど認められない低頻度のバリアントであることが判明し、欧米で先行して実施された解析では同定されていなかった一因であると考えられた。さらに症例数を増やした解析による追認検証が必要ではあるが、これらの知見は、DOCK2遺伝子領域のバリアントが日本人集団を含むアジア人特有の重症化因子の有力候補である可能性を示唆したものと考えられるという。一方で、DOCK2遺伝子領域のバリアントだけでは重症化の集団間の違いを説明することはできず、今後も更なるCOVID-19ホストゲノム解析の継続が重要だ。
血液型O型は重症化リスク低くAB型は高い傾向、欧米人と同様
欧米人集団を中心としたこれまでの研究においては、ABO式血液型とCOVID-19の重症化リスクに関わりがあることが報告されている。コロナ制圧タスクフォースでは、ゲノムワイド関連解析を通じて得られたABO遺伝子配列上のバリアント情報に基づき、ABO式血液型の詳細な推定と日本人における新型コロナウイルス感染症との関わりを調べた。
その結果、欧米人集団で報告されていたように、O型の人はCOVID-19における重症化リスクが約0.8倍と低い一方、AB型の人は重症化リスクが約1.4倍と高くなる傾向が判明した。
日本人では肥満や痛風・高尿酸血症発症リスクがCOVID-19重症化リスク
COVID-19の制圧においては、どのような基礎疾患や体質を有する人が重症化しやすいのかを明らかにすることが重要だ。ヒトゲノム解析の成果を活用して、2つの疾患・表現型における因果関係を推定する遺伝統計解析手法として「メンデルランダム化解析」が知られている。今回、日本人における幅広い疾患・表現型のゲノムワイド関連解析の結果と、コロナ制圧タスクフォースによるCOVID-19のゲノムワイド関連解析の結果に対してメンデルランダム化解析が実施された。
その結果、日本人では、肥満や痛風・高尿酸血症の発症リスクがCOVID-19重症化のリスクになるという因果関係が示唆される結果となった。肥満は年齢・性別と並んでCOVID-19の主要な重症化因子の1つであり、痛風・高尿酸血症は、疫学研究を通じて日本人の重症化・死亡危険因子であることが判明している。今回の解析結果は、これらの因子が直接的にCOVID-19重症化の原因となっていることを示唆する結果と考えられるという。
国際共同研究も実施、コロナ制圧に向け最先端の解析技術を用いて研究継続
コロナ制圧タスクフォースの活動は、国際的にも広く認知され、国際共同研究グループとともに研究が進められている。世界最大のCOVID-19ホストゲノム研究である「COVID-19 Host Genetics Initiative」に、アジアで最大の研究グループとして参加し、COVID-19の重症化に関わる15か所の遺伝子多型(バリアント)の発見に貢献した。日本人におけるSARS-CoV-2感染のゲノム研究が今後も継続的に発展していくことで、国際共同研究を通じたCOVID-19の重症化に関わるバリアントの新たな発見と、世界のCOVID-19パンデミック制圧に向けた国際貢献につながるものと期待が寄せられる。
今回のDOCK2遺伝子領域のバリアントの発見は、COVID-19の克服に向けたコロナ制圧タスクフォースの最初の成果となった。一方、コロナ制圧タスクフォースでは、集積された検体の遺伝子発現解析、タンパク質発現解析、代謝産物の網羅的な解析、免疫応答の解析、あるいはワクチンの開発などが進行中だ。また、臨床的な側面からも、COVID-19快復後の長期的な副作用の解析など、今後も引き続き、COVID-19と闘う患者、また、COVID-19診療の最前線に立つ医療従事者とともに、COVID-19の克服に向けて、最先端の解析技術を用いて、研究活動が続けられていく。また、COVID-19制圧に向けた社会へのさらなる貢献を目指して、国の公共データベースを含めて、さまざまな機関と協力体制を広げていく予定となっている。さらに、コロナ制圧タスクフォースに参加している全国100以上の病院の最前線の医療従事者からもさまざまな研究アイデアを募り、全国に広がる叡智を結集して、新型コロナウイルス感染パンデミック制圧のための研究を進めていくとしている。
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