海馬での新規神経細胞数、BDNFが増加
筑波大学は5月17日、高強度間欠的トレーニング(High-intensity intermittent training:HIIT)を課したラットで記憶課題の成績が向上し、記憶や学習を担う海馬で新しく作られる神経細胞(神経新生)の数や神経成長を促すタンパク質の脳由来神経栄養因子(BDNF)が増加することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大体育系ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP)の征矢英昭教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cerebral Cortex」に掲載されている。
画像はリリースより
運動は身心の健康に有益だとされているが、仕事や家事の忙しさを理由に運動の実施率は低迷している(2020年、スポーツ庁)。そうした中、短時間でできる効果的な運動として注目されているのがHIITだ。HIITは、高強度運動と休息を組み合わせた間欠的な運動。長時間の持続トレーニングと比べ、短時間かつ少ない運動量で持久力などを高めることができる時間効率に優れた運動様式とされている。
近年、HIITの効果は脳にもおよび、実行機能や記憶力を高めるとする報告が増えている。しかし、その神経分子基盤については明らかになっていない。
4週間のHIITと中程度のMICT効果を検証
今回の研究では、ヒトの生理応答に準じた動物用運動モデルを確立し、4週間のHIITと中強度の持続的な運動(Moderate-intensity continuous training:MICT)の効果について検証した。同実験では、ヒトの運動モデルを参考に、HIITの総運動時間と運動量(走行距離)がそれぞれMICTの6分の1と、2分の1〜4分の1程度になるようにラット用の運動プロトコルを調整。週5日のトレーニングを4週間実施した結果、両運動群で足底筋やヒラメ筋が肥大し、疲労困憊までの運動時間が延長することを確認した。
また、持久力の指標である骨格筋のクエン酸合成酵素(citrate synthase:CS)の活性は、速筋優位の足底筋においてHIIT群のみで有意に増加。HIITは遅筋繊維よりも速筋繊維をより多く動員し、筋適応を引き起こしていたことがわかった。このことは、持久力や筋適応の観点から、ヒトでのHIITモデルをある程度再現できたことを意味するという。
高強度の運動も、間欠的かつ短時間での実施で記憶力が高まる可能性
続いて、同運動モデルを用い、HIITが記憶や学習を司る海馬の機能や可塑性に有益な効果をもたらすかを検証。脳の中でも海馬は記憶形成を担う領域であり、空間学習記憶と強く関連することが知られている。そこで実験では、空間学習能力を評価する課題としてモリス水迷路試験(MWM)を用い、HIITが記憶力を高めるか確認した。4週間のトレーニング後に実施した記憶課題では、MICT群と同様にHIIT群でも空間学習能力記憶課題の成績が向上。海馬で新しく生まれる神経細胞(神経新生)の数も増えていた。
新生した神経細胞はいくつかの成熟過程を経て神経回路に組み込まれ、空間記憶を形成する。そのような神経細胞の成長を促す因子の一つにBDNFがある。BDNFやその受容体であるTrkBのタンパク質発現や記憶学習に関与する転写制御因子CREB(cyclic AMP response element-binding protein)のリン酸化(p-CREB)がHIITにより有意に増加していたことが判明した。これらの研究成果は、HIITでも記憶力は向上し、その神経分子基盤として神経新生やBDNFシグナルが関与することを示唆している。
間欠的かつ短時間の運動は、感染症流行下での活動量低下による問題解決の一助に
同研究グループはこれまで、低強度の運動であっても継続すれば十分に記憶力が高まる一方、かなりきつい高強度運動を持続的に実施すると、記憶力の向上効果はあまり得られないことを報告してきた。しかし、今回の研究により、高強度の運動であっても、間欠的かつ短時間で実施すれば記憶力が高まることが明らかになった。
新型感染症の流行に伴う活動自粛は、身体活動量の低下を助長し、身心の不調を訴える人の増加や作業効率の低下を招くことが想定される。短時間の運動であっても、海馬の神経可塑性を高め、記憶力を向上させることを明らかにした本研究の成果は、身体不活動という地球規模課題の解決に向けた一助となることが期待される、と研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL