ドライアイの8割は油層の機能異常が原因だが、有効な治療ターゲットは見つかっていなかった
北海道大学は5月14日、涙液に含まれる多様な脂質がドライアイ防止に重要であることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院薬学研究院の木原章雄教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「iScience誌」に先行オンライン掲載され、近日中に出版される予定。
画像はリリースより
涙液は涙腺から分泌される水溶液(=液層)だけと思われがちだが、実は表面に脂質の層(=油層)が存在する。涙液油層には水の蒸発の防止、涙液へ適度な粘性や弾性の付与、表面張力の低下、角膜表面の潤滑化などの働きがあり、ドライアイの防止に重要な役割を果たしている。油層を形成する脂質はまぶたの裏側にあるマイボーム腺から分泌されるため、総称してマイバム脂質と呼ばれる。
マイバム脂質には、体の他の部位に存在する脂質とは異なった種類の特殊な脂質が多く含まれる。近年、パソコンやスマートフォンの普及、コンタクトレンズ使用者の増加などの生活環境の変化に伴い、ドライアイの患者が増加している。ドライアイの約8割はマイボーム腺の機能異常、つまり油層の異常であることが知られているが、これを改善する治療薬は存在しない。油層については、個々の脂質の産生機構から役割に至るまでの基礎的な知見に極めて乏しく、有効な治療ターゲットが見出されていないのが現状だ。
一方、マイバム脂質にはさまざまな脂質が含まれ、共通してエステル結合をもつという特徴がある。このエステル結合は酵素によって生体内で作られるが、コレステリルエステル以外については、マイバム脂質中のエステル結合を作る酵素やドライアイ防止における役割が不明だった。そこで研究グループは今回、Awat1とAwat2という酵素のどちらか、あるいは両方が触媒としてこれらのエステル結合形成を促進することで、多様なマイバム脂質を作り出すと予想し、それらをなくしたマウスを作製して解析を行った。
Awat1欠損マウスが弱いドライアイ、Awat2欠損マウス/二重欠損マウスが激しいドライアイを発症
研究グループはAwat1とAwat2のそれぞれ、あるいは両方を持たないマウスを作製するため、人工的にそれらの酵素をコードする遺伝子(Awat1、Awat2;遺伝子はイタリック表記)を欠損させたマウスを作製。ドライアイ症状は、マウスの目の外観およびマイボーム腺の観察、マイバム脂質の融点測定、涙液安定性試験、目表面からの水分蒸散量測定によって評価した。また、マイバム脂質は質量分析法(液体クロマトグラフィー連結型タンデム質量分析法)によって定量した。
Awat2欠損マウスおよびAwat1 Awat2二重欠損マウスは目を閉じ気味にしており、Awat1欠損マウスもやや目を閉じ気味にしていた。正常なマウス(野生型マウス)のマイボーム腺では開口部に詰まりが観察されないのに対し、Awat2欠損マウスおよび二重欠損マウスでは白い歯磨き状、Awat1欠損マウスでは半液状の詰まりが観察された。マイバム脂質の融ける温度(融点)は、野生型マウスで34℃であったのに対し、Awat2欠損マウスで62℃、二重欠損マウスで57℃と大幅に上昇しており、Awat1欠損マウスでも39℃と上昇していた。眼球の表面(角膜)の温度が32℃であるため、野生型マウスではマイバム脂質が液体として存在しているのに対し、これら欠損マウスでは融点の上昇によって融けにくくなる、つまり固体/半液体として存在していることがわかった。
また、Awat2欠損マウスおよび二重欠損マウスのマイボーム腺は全体的に肥大化していた。これらのマイボーム腺では、マイバム脂質の固化によってマイバム脂質の分泌が著しく阻害されて腺内部に蓄積し、肥大化をもたらしたと推察された。涙液の安定性については、Awat1欠損マウスおよびAwat2欠損マウスどちらも低下していた。一方、目表面からの水分蒸散量は、Awat2欠損マウスおよび二重欠損マウスで増加していたものの、Awat1欠損マウスでは増加していなかった。これらの結果から、Awat1欠損マウスが弱いドライアイ、Awat2欠損マウスおよび二重欠損マウスが激しいドライアイを発症していることが明らかになった。
マイバム脂質がドライアイを防止、特にAwat2が作り出すワックスエステルが重要
次に、Awat1とAwat2がなくなったことがどのマイバム脂質の量に影響したのかを調べるため、質量分析法によってさまざまなマイバム脂質を測定した。その結果、ワックスエステルとタイプ2オメガ型ワックスジエステルについては、Awat2欠損マウスおよび二重欠損マウスでほぼ消失していた。OAHFAについては、Awat1欠損マウスおよび二重欠損マウスで3割程度にまで減少していた。タイプ1オメガ型ワックスジエステルについてはAwat1欠損マウスとAwat2欠損マウスの両方で減少し、二重欠損マウスでほぼ消失していた。これらの結果より、Awat1とAwat2がそれぞれ異なるマイバム脂質、つまりAwat1が主にOAHFAとタイプ1オメガ型ワックスジエステル、Awat2がワックスエステル、タイプ1オメガ型およびタイプ2オメガ型ワックスジエステルの産生に関わることが明らかとなった。
以上のことから、Awat1とAwat2が作り出す多様なマイバム脂質が涙液を安定化させてドライアイを防止していることがわかった。その中でもAwat2が作り出すワックスエステルはマイバム脂質中で量が多く、ドライアイ防止に特に重要だった。ワックスエステルのマイバム脂質中での役割として、ワックスエステルは融点が低いため、マイバム脂質の固化を防ぐことが考えられる。
今回の知見をもとに、ドライアイの新規治療薬開発が進展する可能性
今回の研究成果により、正常な涙液油層形成の機構とドライアイ防止における重要性が明らかになった。ドライアイの主要な原因は油層の異常だが、これを改善する根本治療薬は開発されていない。「本研究成果によって、新たな治療薬の開発が進むことが期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・北海道大学 プレスリリース