O157に代表される腸管出血性大腸菌が産生する主要な病原因子Stx
同志社大学は5月11日、志賀毒素(Shiga toxin:Stx)において、毒素タンパク質を構成する機能が異なる2つのサブユニットに共通して結合し、その働きを阻害するペプチド分子を同定したと発表した。この研究は、同大生命医科学部の高橋美帆助教、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の千田美紀特任助教、千田俊哉教授、同大大学院生命医科学研究科の西川喜代孝教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
血清型O157に代表される腸管出血性大腸菌による感染症は、日本では年間約4,000人前後、米国では20万人前後で推移しており、いまだに減少の傾向は見られない。また、抗生物質の使用は症状を増悪させる可能性も示唆され、WHOの治療指針においても検討課題とされており、有効な治療薬がない状況だ。Stxは腸管出血性大腸菌が産生する主要な病原因子。その毒性を阻害する分子が開発されれば、有望な治療薬として期待される。
Stxは、標的となる細胞のタンパク質合成を阻害するA-サブユニットと、標的細胞上に存在する受容体を認識しA-サブユニットを細胞内に届ける働きを持つB-サブユニット5量体から構成されている。B-サブユニット5量体がA-サブユニットを標的細胞内に届ける際、B-サブユニット5量体は最大15分子の受容体と互いに複数の手で結合(多価対多価の結合を形成)する。その結果、極めて強く細胞に結合することが知られており、この現象はクラスター効果と呼ばれている。これまで研究グループは、それ自体がクラスター効果を発揮してB-サブユニット5量体に強く結合しその働きを阻害する、多価型ペプチド性Stx阻害薬の開発を進めてきた。これは、1本鎖のモノマー型ペプチドではクラスター効果を発揮することができず、B-サブユニット5量体に結合できないためだ。
強力な阻害活性を持つ4価型ペプチド性Stx阻害薬を開発
今回、研究グループはペプチド鎖の中に人工アミノ酸を導入することにより、さらに強力な阻害活性を持つ4価型ペプチド性Stx阻害薬を開発することに成功。このペプチドは、モノマー型でも強いStx阻害活性を示すことを見出した。
そこで、A-サブユニットとB-サブユニット5量体を個別に調製し各ペプチドとの結合活性を調査。その結果、モノマー型ペプチドは予想通りB-サブユニット5量体には全く結合できなかったが、A-サブユニットに強く結合できることを見出した。一方、4価型になるとB-サブユニット5量体にはクラスター効果を発揮して強く結合できるが、A-サブユニットには結合できなくなることを見出した。すなわち、同一の配列を持つペプチドがどのような形状をとるかによって、結合する相手を見分けていると考えられた。
A-サブユニットと同定したペプチドとの結合様式をX線結晶構造解析で明らかに
続いて、モノマー型ペプチドがどのようにStxに結合しているかを分子レベルで解明するため、両者の複合体の結晶を作製し、X線結晶構造解析を実施。Stxには複数のサブタイプが存在しているが、ここでは臨床的に最も症状の重篤化と関係が深いことが示されているサブタイプStx2aを用いた。
その結果、確かにモノマー型ペプチドはA-サブユニットに結合していること、さらにそのカルボキシル末端の5アミノ酸からなる領域がA-サブユニットの触媒部位を構成しているポケット構造をほぼ塞ぐように結合していることを見出したという。この結果に一致して、モノマー型ペプチドはA-サブユニットが持つタンパク質合成阻害活性そのものを効率よく阻害した。
さらに、モノマー型ペプチドの上記5アミノ酸の領域は、A-サブユニットの触媒ポケットの底にカルボキシル末端を向けてはまり込んでいることが示された。一方で、モノマー型ペプチドを4価型の形状にする場合には、このカルボキシル末端を使って核構造に結合させるため、4価型ペプチドではこのカルボキシル末端からA-サブユニットの触媒ポケットにはまり込むことは不可能だ。すなわち、同じ配列を持つにもかかわらず4価型ペプチドがA-サブユニットに全く結合できない理由が明瞭に示されたとしている。
腸管出血性大腸菌感染症の治療薬開発への発展に期待
今回の研究成果により、StxのA-サブユニットならびにB-サブユニット5量体を標的として、それぞれの機能を強力に阻害するモノマー型ならびに4価型ペプチド性阻害薬を同定した。これら2つの阻害薬は共通して同じ配列のペプチドを持つことが大きな特徴だ。
これまでA-サブユニットの機能を阻害することが確認されたペプチドは同定されておらず、今回見出したモノマー型ペプチド性阻害薬はその初めての例だという。今後、モノマー型ペプチドと4価型ペプチドを組み合わせて使用する、あるいは形状を工夫することにより両サブユニットに対する阻害活性を同時に備えた新たな分子を開発すること等により、一層の作用増強が期待される。同研究成果は、現在有効な治療薬のない腸管出血性大腸菌感染症に対する、有効性の高い治療薬の開発へと発展することが期待できる、と研究グループは述べている。
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