認知機能に関わる前頭葉や頭頂葉にまで広がる複雑なネットワーク
東京大学医学部附属病院は4月28日、聴覚ガンマオシレーションが認知機能に関わる前頭葉や頭頂葉にまで広がる複雑なネットワークで発生することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部附属病院精神神経科の多田真理子助教、笠井清登教授、脳神経外科の國井尚人助教(特任講師(病院))ら研究グループによるもの。研究成果は、「Cerebral Cortex」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
ガンマオシレーションは、神経細胞が発する信号のひとつであり、脳の情報処理基盤と関係すると考えられてきた。特に、音を聞かせた時に得られる聴覚ガンマオシレーションは、中枢性聴覚疾患や統合失調症などの精神疾患の患者で低下していることが繰り返し報告されており、認知機能との関連が議論されてきた。
聴覚ガンマオシレーションの発生メカニズムは十分にわかっていない。先行研究では、頭皮上の脳波信号から発生源を推定する方法により、聞くことに特化した脳部位(側頭葉)が関与するとされてきた。しかし、頭皮上の脳波信号から発生源を推定する方法は、細かな部位の同定が困難であることが知られており、用いられる推定方法によって観察される発生源が一定していなかった。聴覚ガンマオシレーションと認知機能の関連を理解するためには、より複雑な発生メカニズムを調べる新たな研究が必要な状況である。
難治性てんかんの手術治療前、高密度皮質脳波計測で覚醒状態のヒトの脳全体から発生する聴覚応答信号を観察
今回、研究グループは、難治性てんかんの手術治療前に、てんかんの発生源を正確に診断する目的で、脳表面に多数の電極を直接設置し計測する臨床技術(高密度皮質脳波計測)を用いて、覚醒した状態のヒトの脳全体から発生する聴覚応答信号を観察し、解析(対象:8人)。突然起こるてんかんの異常脳波を逃さず記録するため、患者は入院病棟で電極を留置したまま自然に過ごす。この研究は同大学医学部倫理委員会で審査を受けた後、病棟で脳波記録中の患者のうち、ヒトの認知機能に関わる脳内ネットワークを調べる研究について説明をし、自由意志に基づき参加協力した患者を対象に実施した。
その結果、聴覚ガンマオシレーションが、従来知られていた側頭葉だけでなく、認知機能に関わる前頭葉や頭頂葉にまで広がるネットワークで発生することを脳波信号の周波数解析(位相:周期のどの位置に信号が存在するか、周波数特性:単位時間当たりの繰り返し回数の特徴)から確認。この脳全体に広がるネットワークは、側頭葉・前頭葉と頭頂葉の2系統に分かれており、聴覚系で知られる2つの並列する情報処理の回路と関連する可能性が考えられた。
聴覚ガンマオシレーションの早期・後期成分で、発生メカニズム異なる
さらに、音開始後から50ミリセカンドまでにみられる早期成分と150ミリセカンドから500ミリセカンドまでにみられる後期成分で信号の周波数特性が異なることを発見した。
統合失調症では、聴覚ガンマオシレーションの後期成分が先に低下し、病気の進行とともに早期成分も低下することが報告されている。今回の結果により、聴覚ガンマオシレーションの早期成分と後期成分で、発生メカニズムが異なることも初めて明らかになった。
精神疾患の新規治療法などの開発に期待
今回の研究では、聴覚ガンマオシレーションが、従来考えられていたよりも、複雑なメカニズムを持ち、脳全体に広がるネットワークから発生していたことが明らかになった。聴覚ガンマオシレーションは、中枢性聴覚疾患とともにさまざまな精神疾患で低下することが知られており、特に治療が難しい認知機能障害との関連が考えられている生物学的指標の代表的なもののひとつだ。聴覚ガンマオシレーションは単純な音を聞かせることで得られる信号であるため、モデル動物で分子レベルの発生メカニズムを調べることも可能だという。
聴覚ガンマオシレーションの発生メカニズムの理解が進むことで、精神疾患の新しい診断や治療の開発に役立つことが期待される、と研究グループは述べている。
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・東京大学医学部附属病院 プレスリリース