ME/CFSを神経免疫疾患として捉え、患者のB細胞を解析
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は4月27日、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の新たな免疫異常を発見し、それが診断に有用な血液診断マーカーとなり得ることを発見したと発表した。この研究は、同センター神経研究所免疫研究部の佐藤和貴郎室長、山村隆部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Brain Behavior and Immunity」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
ME/CFSは、長期間にわたって睡眠や休息で改善しない強い疲労感や脱力などのさまざまな症状により、日常生活を送るのが困難になる原因不明の疾患。仕事や勉強、家事などの後に何日も起き上がれなくなるなど、身体的・認知的・精神的な負荷の後に極端な症状の悪化(労作後の消耗)が起こることが特徴だ。さらに、通常は睡眠障害(過眠や不眠、熟眠感がないなど)と認知機能障害(記憶や集中力、思考力の低下)を伴う。その他、微熱が続く、体温調節が困難になる、立っているのが難しい(POTS:体位性頻脈症候群)、音や光、匂いや化学物質に耐えられない(刺激過敏や化学物質過敏症)などの症状が多いことや、全身の強い痛み(線維筋痛症に類似した症状)、腹痛や下痢、便秘が持続する過敏性腸症候群を合併しやすいことが知られている。
ME/CFSの診断は、特徴的な症状の組み合わせと他の病気の可能性を除外することによって行われるが、診断がなかなかつかないケースが多いのが実情だ。その理由の一つとして、血液検査や画像検査では異常が出ないことがあげられる。また、根治的な治療法がなく、活動量の調整(適切な休憩)や対症療法が試みられているのが現状で、この病気に対して保険適応が認められた治療法・薬剤も存在しない。
ME/CFSは、発熱や喉の痛み、嘔吐や下痢などの「風邪症状」を契機に突然発症することが多いことから、ウイルスや細菌が免疫系に作用することが発症に重要と考えられている。2003年にはカナダや香港でSARS感染後のME/CFS集団発生が報告されている。その他、毒物(有機リン系殺虫剤など)への曝露、予防接種、大きな外傷やトラウマの後に発症することがあるが、いずれも免疫系に影響を及ぼす可能性がある。しかし、先行する疾患や外傷が一切認められない患者もいることから、疾患の長期化に関わる因子もまだよくわかっていない。海外の報告によると、リンパ球の一種であるB細胞を除去する抗体療法や、免疫吸着療法が少なくとも一部の患者には有効だとされている。また、ME/CFSの中核となる症状は脳機能の異常と考えることができる。実際に、PETを用いた脳画像研究で「脳内炎症」が示されており、MRI画像の詳細な解析では炎症でダメージを受けた部位が推定されている。このような背景から、研究グループはME/CFSを神経免疫疾患として捉え、その病態の解明を目指して研究を進めていた。今回は、ME/CFSを疑われてNCNP病院を紹介受診し、国際的に使用されているME/CFSの診断基準を満たす患者から同意を得て血液を採取。ME/CFS患者のB細胞の特徴を調べるために、B細胞受容体(B cell receptor: BCR)の種類の頻度分布とB細胞の一種であるプラズマブラスト(Plasmablast)に着目した解析を実施した。
感染症様エピソードをもつ患者で、特定の長さのCDR3をもつIGHV3-30が増加
B細胞は、自己免疫疾患では悪化に働く細胞であり、重要な治療標的となっている。B細胞は表面に、B細胞受容体(BCR)を出しており、遺伝子再構成など多様性を生み出す仕組みを用いて多種多様な抗原に対するBCRが作られる。個人が持っているBCRのコレクションをBCRレパトアと言い、個々のBCRが使用している遺伝子を指標にすることによって、BCRレパトアを数多くのBCRファミリーに分類することが可能。また、BCR遺伝子を網羅的に解析することにより、個人のB細胞がもつ、さまざまな種類のBCRファミリーのそれぞれの頻度を明らかにすることが可能だ。過去の報告から、感染症やワクチン、自己免疫疾患では特定の種類のBCRファミリーが増えていることがわかっている。
今回、研究グループが次世代BCRレパトア解析という新しい技術を用いてME/CFS患者のBCRレパトアを調べた結果、健常者集団と患者集団ではBCRレパトアが有意に異なることが確認された。患者集団では特定のBCR遺伝子を発現しているBCRファミリーの増加傾向が認められ、これらはある種の抗原に反応して選択的に増加したB細胞集団の増加を反映したものであると考えられた。そこで、得られたデータをもとにROC解析を行ったところ、良い精度で患者と健常者を区別できることが判明。さらに、最初の解析後に研究に参加したME/CFS患者集団で追試をしたところ、ほぼ同様の結果が再現された。
研究に参加した患者の約半数が明確な感染症様エピソードを経て病気を発症していたことから、感染症様エピソードとBCRの関係について調べたところ、IGHV3-30(および近縁の3-30-3)を持つBCRファミリーを持つ患者は、感染症様エピソードの後にME/CFSを発症し、また、発症後の期間が比較的短い患者で、特に多いことが判明。さらに、BCRが抗原と結合する部位として重要なCDR3(相補性決定領域3)について調べたところ、特定の長さのCDR3をもつIGHV3-30(3-30-3)が特に増えていることが確認され、抗原によって選択されたことが強く示唆されたという。
一方、フローサイトメーターを用いてレパトア解析と同じ集団の血液中のB細胞の頻度を調べた結果、患者群では健常者群と比較し、B細胞の頻度が有意に高いことがわかった。B細胞の一種であるプラズマブラストは、全身性エリテマトーデスや視神経脊髄炎など自己抗体の産生を特徴とする疾患で増加していることが知られているが、ME/CFS患者の約20%で増加していた。さらに、この細胞のはたらきを調べるため、患者由来のプラズマブラストの特徴について網羅的遺伝子発現解析を実施。その結果、患者のプラズマブラストではインターフェロン誘導遺伝子と呼ばれる遺伝子の機能が亢進していることがわかった。インターフェロンはウイルス感染などに伴って体内で産生される物質だが、患者のプラズマブラストではインターフェロンに反応して起こる細胞活動が慢性的に活性化している可能性が考えられた。加えて、プラズマブラストにおけるインターフェロン誘導遺伝子のはたらきが特に増えている患者では、IGHV3-30(および3-30-3)の頻度が多いことがわかり、両者は関連していたという。
過去の報告によると、IGHV3-30(および3-30-3)はインフルエンザウイルスやマラリア、COVID-19感染症によって誘導されやすいB細胞受容体とされている。多様な病原体がこのB細胞受容体をもつB細胞に反応すると考えられることから、抗原は必ずしも病原体由来とは限らず、自己由来あるいは腸内細菌など共生微生物由来である可能性も考えられ、今後の検討が必要だとしている。
BCRレパトア解析がME/CFSの血液診断法として有用である可能性
今回の研究成果により、BCRレパトアの異常というこれまで知られていなかったME/CFSの免疫病態の一端が明らかとなった。さらに、BCRレパトア解析が診断の難しいME/CFSの血液診断法として有用である可能性が見出された。
ME/CFSでは、さまざまな抗自律神経受容体抗体が検出されることが報告されており、自律神経異常の原因となっている可能性が指摘されていることから、特定のBCRをもつB細胞が選択的に増え、ME/CFSにおける自己抗体産生を担う細胞となっている可能性が考えられる。研究グループはこれまでに頭部MRI画像解析と抗自律神経受容体抗体の関連を示す研究成果を発表しているが、同成果とあわせて考察すると、感染症など発症のトリガーとなる刺激が、特定のBCRをもつB細胞を選択的に増やし、抗自律神経受容体抗体産生などを介し、脳機能異常を惹起しているという病態仮説が考えられるという。
今後は、似た症状を呈するうつ病などの疾患との比較や、簡便な検査法の開発が必要
一方、BCRレパトアの偏りについて研究グループは、「異なる時期に参加した別のグループの患者を用いた検討でも同様の偏りを認め、その結果が再現された。また、患者群で増えていたBCRの頻度情報を用いて、患者と健常者を良い精度で区別することができた。これらのことから、BCRの頻度情報はME/CFSの診断に役立つ可能性がある」としている。今後、同手法を実臨床で活用するためには、似たような症状を呈するうつ病などの疾患との比較や、簡便な検査法の開発が必要となる。今回の発見を契機に、ME/CFS患者の治療法開発が進むことが期待される。
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