日本における従来の高血圧診断基準より低値での心疾患リスクは?
東京大学医学部附属病院は4月23日、心不全や心房細動の発症リスクが、収縮期血圧130mmHg以上あるいは拡張期血圧80mmHg以上という、従来考えられていた血圧値よりも低い段階から上昇する可能性を、200万症例以上が登録された大規模疫学データを用いて明らかにしたと発表した。この研究は、同大の小室一成教授、金子英弘特任講師、康永秀生教授、横浜市立大学の矢野裕一朗准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Circulation」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
日本における高血圧の患者数は4300万人にも上ると推計されおり、心不全や心房細動(注3)、心筋梗塞、脳卒中など多くの循環器疾患の発症にも深く関わっている。日本では、「収縮期血圧140mmHg以上あるいは拡張期血圧90mmHg以上」を高血圧と診断することが一般的だ。しかし、2017年に発表された米国のガイドラインでは、この閾値を下げ、「収縮期血圧130-139mmHgまたは拡張期血圧80-89mmHg」をステージ1高血圧と定義し、従来の収縮期血圧140mmHg以上あるいは拡張期血圧90mmHg以上をステージ2高血圧と定義した。米国が発表したこのガイドラインの妥当性は、いまだ多くの議論がなされている。
心不全や心房細動は、日本国内においてどちらも100万人以上の患者が存在すると推定される頻度の高い疾患。そして、心不全が悪化した場合や心房細動によって脳梗塞を起こした場合の致死率は高く、たとえ救命できたとしても生活の質が大きく低下する可能性がある。心不全や心房細動は、日本人の健康寿命を短縮させる主たる原因としても重要であり、予防・診断・治療法の確立が急務だ。
日本の200万人以上のデータを、米国の血圧ガイドラインに準じて分類
そこで、研究グループは、国内で最大規模の健診・レセプトデータベースである株式会社JMDCのClaims Databaseに登録された症例を対象に、2017年に発表された米国のガイドラインに準じた血圧分類によって心不全や心房細動などの循環器疾患のリスクが層別化できるかを検証した。
2010年1月から2018年8月までにJMDC社のClaims Databaseに登録され、降圧薬を内服している症例や循環器疾患の既往歴のある症例を除外した219万6,437症例(平均年齢44±11歳、58%が男性)を解析対象とした。米国の血圧ガイドラインに準じて、正常血圧(収縮期血圧120mmHg未満かつ拡張期血圧80mmHg未満)(115万5,885症例)、正常高値(収縮期血圧120-129mmHgかつ拡張期血圧80mmHg未満)(33万7,390症例)、ステージ1高血圧(収縮期血圧130-139mmHgあるいは拡張期血圧80-89mmHg)(45万9,820症例)、ステージ2高血圧(収縮血圧140mmHg以上あるいは拡張期血圧90mmHg以上)(24万3,342症例)の4つに分類した。
心不全のリスク、血圧130-139/80-89mmHgでハザード比1.30
平均観察期間1,112±854日の間に、2万8,056症例が心不全、7,774症例が心房細動と診断された。年齢や性別、高血圧以外の危険因子で補正後に、正常血圧と比較したところ、心不全のリスクは、ステージ1高血圧でハザード比1.30、ステージ2高血圧においてはハザード比2.05と上昇した。同様に、心房細動のリスクも、ステージ1高血圧でハザード比1.21、ステージ2高血圧においてハザード比1.52と上昇していた。
また、心筋梗塞や狭心症、脳卒中についても解析を行ったところ、心不全、心筋梗塞、狭心症、脳卒中については、正常高値血圧の段階から正常血圧と比較してリスクが上昇し、ステージ1高血圧、ステージ2高血圧と段階的なリスクの上昇が確認された。さらに、人口寄与危険割合(Population Attributable Fraction:PAF)と呼ばれる手法で、血圧上昇の疾患発症への寄与度を推定したところ、ステージ1高血圧の症例の血圧を正常化することで、心不全のリスクを23%、心房細動のリスクを17%、またステージ2高血圧の症例の血圧を正常化させることで、心不全のリスクを51%、心房細動のリスクを34%低下させる可能性があるという結果が得られた。
血圧130/80mmHg以上から治療対象とするかは要検討
後ろ向きの観察研究であること、レセプトの病名に基づいて解析していること、また、JMDC社のClaims Databaseに含まれる主な対象が中規模以上の企業に勤務するビジネスマンとその家族であることから選択バイアスが存在する可能性などは、今回の研究の限界として考慮する必要がある。しかし、広く一般に用いられている従来の高血圧の診断基準(140/90mmHg以上)よりも低い段階から、心不全や心房細動のリスクが上昇する可能性が示唆されたことは、日本を含む先進国で増え続ける循環器疾患を予防するための足がかりになると考えられる。
ステージ2高血圧のみならずステージ1高血圧も心不全や心房細動のリスクを増加させる可能性が示されたが、このステージ1高血圧を治療することによって心不全や心房細動を予防できるかどうかは今後研究すべき課題だという。そして、ステージ1高血圧も積極的な治療対象とした場合には、治療対象になる患者数が大幅に増加するため、医療経済や費用対効果の観点からの検討も必要になるという。
「今後は、これらのさまざまな課題を克服し、日本の高血圧患者に対する適切な治療法の確立、そして心不全や心房細動などの循環器疾患を予防し、健康寿命の延伸を目指す取り組みが期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京大学医学部附属病院 プレスリリース