水晶体で起こる細胞小器官の分解の仕組みや意義は不明だった
東京大学は4月21日、目の水晶体を透明にする仕組みとして、新たな細胞内分解システムを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の森下英晃助教(研究当時、現・同大大学院研究科客員研究員/順天堂大学大学院医学研究科講師)、水島昇教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
ヒトの体を構成する個々の細胞には、核、ミトコンドリア、小胞体などの膜に覆われた細胞小器官が備わっており、細胞の機能に重要な役割を果たしている。しかし、目の水晶体では、その成熟の過程で、細胞内の全ての細胞小器官が消失することが知られている。水晶体で起こる大規模な細胞小器官の分解は、水晶体の機能獲得に重要な役割を果たしていると考えられているが、その詳細な仕組みや意義はほとんど明らかにされていない。
水晶体は上皮細胞と、そこから分化した線維細胞によって構成されている。細胞小器官の分解は、線維細胞への分化の最終段階で起こる。核DNAを分解する酵素は同定されていたが、その他の細胞小器官(ミトコンドリア、小胞体、リソソームなど)の分解の仕組みは不明だった。研究グループはこれまでに、通常の細胞で細胞小器官の分解を担うオートファジーは、水晶体の細胞小器官の分解に必要ないことを見出しており、水晶体にはオートファジーとは異なる新しい細胞小器官分解システムが存在することが予想されていた。
水晶体の透明化には、PLAATファミリー酵素による大規模な細胞小器官分解が必要
研究では、水晶体の細胞小器官の分解の仕組みを解析するため、遺伝子が改変しやすく、生きた状態で細胞や組織を観察しやすいゼブラフィッシュをモデルとして用いた。まず、各細胞小器官を蛍光タンパク質で可視化したゼブラフィッシュを作製し、生きたまま水晶体の細胞小器官を観察。その結果、実際に細胞小器官が分解され、それらの内容物がサイトゾルへ拡散していく様子を捉えることに成功した。
次に、ゼブラフィッシュの水晶体で高発現している遺伝子など約60種類の候補遺伝子群を対象として、CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)システムを用いた遺伝子破壊スクリーニングを実施。その結果、細胞小器官の分解には脂質分解酵素の一種のホスホリパーゼAファミリーに属するPlaat1が必要であることが判明した。Plaat1は、普段はサイトゾルに存在しており、細胞小器官の分解直前にそれらの膜へ移行する。膜への移行には、Plaat1の疎水性領域が必要であり、ミトコンドリアやリソソームの膜が部分的に損傷を受けるとPlaat1が膜に移行することもわかったという。さらに、この膜の部分的損傷およびPlaat1の膜移行には、水晶体の発生に必要な転写調節因子Hsf4が必要であることが明らかになった。
PLAATファミリー酵素は、哺乳動物を含めた脊椎動物に広く備わっており、マウスではPLAAT3が水晶体細胞の細胞小器官分解に必要であることが判明。Plaat1欠損ゼブラフィッシュおよびPLAAT3欠損マウスの水晶体では白内障(水晶体の混濁)や光の屈折異常が見られたことから、PLAATファミリー酵素による大規模な細胞小器官分解は、水晶体の透明化に必要であると考えられた。
細胞内分解システムの包括的理解につながることに期待
今回の研究により、100年以上前から不明だった水晶体における細胞小器官分解の仕組みが世界で初めて解明されるとともに、脊椎動物には従来のオートファジーだけでなく、サイトゾルのリパーゼを用いた細胞小器官分解システムも存在することが明らかになった。同研究成果は、細胞生物学や発生学に残されていた重要な課題である「大規模な細胞小器官分解の仕組みとその意義」を解明した画期的な成果といえる。また、PLAATファミリー酵素は、水晶体以外のさまざまな組織でも発現しており、細胞内環境の改変や恒常性維持などに寄与している可能性が考えられる。
「今後、この新しい細胞小器官分解システムの詳細な分子機構や機能、そしてオートファジーやユビキチン・プロテアソームシステムなどの他の細胞内分解システムとの違いや関係性が解明されることで、細胞内分解システムの包括的理解につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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