「感度の高さ」と「迅速・簡便さ」両立の新規ウイルス検出法開発へ
理化学研究所は4月19日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のウイルスRNAを「1分子」レベルで識別して5分以内に検出する革新的技術の開発に成功したと発表した。この研究は、同研究所開拓研究本部渡邉分子生理学研究室の渡邉力也主任研究員、篠田肇研究員、東京大学先端科学技術研究センターの西増弘志教授、同大学大学院理学系研究科の濡木理教授、京都大学ウイルス・再生医科学研究所の野田岳志教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
現在、SARS-CoV-2感染診断では、主にタンパク質抗原を検出する方法(抗原検査)とウイルスRNAを増幅して検出する方法(PCR検査)が利用されており、それぞれスクリーニング、確定診断など用途に応じて使い分けされている。
感染が疑われる場合、抗原検査を用いたスクリーニングが行われる。抗原検査は30分程度と迅速かつ簡便にウイルスを検出できるため、スクリーニングには適しているが、検出感度や特異度の低さに起因する検出エラーの多さが問題となっている。一方、次のステージの確定診断として用いられているPCR検査では、専門的な技術や装置を用いて検体からRNAを精製し、さらに増幅の過程を経て検出に至る。PCR検査は感度が優れ、確定診断に適しているが、検出の前処理に最短で1時間程度がかかること、また増幅に起因する検出エラーも発生することから、大量の検体を迅速に解析し、診断につなげることが困難だ。そのため、PCR検査の「感度の高さ」と抗原検査の「迅速・簡便さ」を両立させた新しいウイルス検出法の開発が急務とされている。
SARS-CoV-2由来ウイルスRNAを「1分子」レベルで識別、5分以内に検出の「SATORI法」
今回、研究グループは、理学と工学の異分野融合研究を推進することで、SARS-CoV-2由来のウイルスRNAを「1分子」レベルで識別して5分以内に検出する革新的技術を開発することに成功。その手法を「CRISPR-based amplification-free digital RNA detection;SATORI)法」と名付けた。
SATORI法は、渡邉力也氏の研究グループが専門とする「マイクロチップを利用した酵素反応の1分子検出技術」と西増弘志氏・濡木理氏の研究グループが専門とする「核酸切断酵素CRISPR-Cas13a(Cas13a)」に関する先進技術を融合させたもの。特定のRNA配列を認識するCas13aと蛍光レポーターの混合液をバイオセンサーとして利用することで、検体中の標的ウイルスRNAの有無を高感度・高精度・迅速に検出できる。
SATORI法によるウイルスRNAの検出原理としては、まず、核酸切断酵素Cas13aと蛍光レポーターの混合液にウイルスRNAを混ぜることで、特異的にウイルスRNAとCas13aの複合体が形成される。複合体が形成されるとCas13aの酵素活性がオンとなり、蛍光基と消光基がつながった蛍光レポーターが切断される。この複合体と蛍光レポーターの混合液を、3fLの微小試験管が100万個集積されたマイクロチップアレイに小分けにして封入すると、Cas13aの切断活性に伴いウイルスRNAが存在する試験管だけ蛍光シグナルが1分以内に大きく上昇。蛍光シグナルの有無を二値化し、そのデジタル信号からシグナル有の微小試験管の個数をカウントする。カウントされる試験管の個数が検体中のウイルスRNAの個数に相当するため、ウイルスRNAの存在を1分子レベルで判別・検出できるというものだ。
SATORI法を用いると、5分以内にウイルスRNAを1個ずつ識別して検出可能だという。検出感度は5fMであり、これはウイルスRNAの量で表すと、1μLあたり約103個となる。この感度は従来の抗原検査法の104~105個/μLと比較すると10~100倍高く、PCR検査の10~102個/μLと比較すると10~100倍低い。ただし、SARS-CoV-2感染者の検体中のウイルスRNA量は、103~106個/μLであることから、SATORI法はSARS-CoV-2の感染診断を実施する上で必要な感度を満たしているといえるとしている。
安価で素早く多種ウイルス感染症を正確に診断できる感染症診断法に期待
SATORI法は、ウイルスRNAを「1分子」レベルで識別して世界最高速度で検出できる革新的技術とされている。また、SATORI法のランニングコストはおよそ9ドルでPCR検査の5ドル程度とほぼ同等。そのため、今後、消耗品の大量生産や検出装置の小型化により、安価で素早く多種のウイルス感染症を正確に診断できる次世代の感染症診断法となることが期待できるとしている。
また、SATORI法は、疾患バイオマーカーの検出などにも活用できるため、がんなどの基礎疾患の早期・層別化診断などを指向した次世代のリキッドバイオプシーの技術基盤となることも期待される。
今回の研究成果は特許出願済みであり、研究グループは今後、実用化を希望する企業との研究開発を進めていく予定だとしている。
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・理化学研究所 プレスリリース