脳組織を用いた研究は試料が希少なうえ、正確な解析も困難だった
熊本大学は4月20日、双極性障害患者前頭葉における遺伝子転写制御領域のDNAメチル化状態を明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院生命科学研究部の文東美紀准教授、上田順子大学院生、岩本和也教授、順天堂大学大学院医学研究科の加藤忠史教授、理化学研究所、東京大学らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Psychiatry」に掲載されている。
画像はリリースより
双極性障害(躁うつ病)は、人口の約1%が罹患し、長期間の治療が必要な精神疾患。疫学研究などから、発症には遺伝と環境要因の複雑な相互作用が関係していると考えられている。一方、環境要因によりゲノム中のDNAメチル化状態が変動し、遺伝子の働きが変化する現象が「エピジェネティクス」として知られており、精神疾患を含むさまざまな疾患の病態に深く関与すると考えられている。
これまでの研究では、末梢血や唾液試料を用いたDNAメチル化解析が行われており、DNAメチル化が変化した遺伝子の同定やバイオマーカーとしての利用が進められているが、精神疾患は脳神経系の疾患であることから、脳組織を用いた研究が特に重要であると考えられる。しかし脳組織は、試料の希少性に加え、神経細胞やグリア細胞などさまざまな細胞種が混在しており、組織に含まれる細胞種の比率の違いの影響を受けるなど、正確な解析は困難だった。研究グループは今回、米国スタンレー財団より提供を受けた多数例の死後脳試料を用いて、神経細胞を選り分ける神経細胞核単離を行ったのち、網羅的なDNAメチル化解析を行った。
患者の多くの遺伝子が低メチル化状態にある一方、神経機能に重要な遺伝子は高メチル化
双極性障害患者34例、健常者35例について、前頭葉試料から神経細胞核マーカーを利用し、神経細胞核と非神経細胞核に分画後、それぞれから抽出したゲノムDNAを用いて遺伝子転写制御領域のDNAメチル化状態をアレイ法により調べた。その結果、神経細胞、非神経細胞ともに健常者と比べて、双極性障害患者では多くの遺伝子が低メチル化状態にあることを見出した。また一方で、精神・神経機能に重要な遺伝子では、神経細胞において高メチル化状態にあることを明らかにした。
DNAメチル化変化は、双極性障害との遺伝学的関連が報告されているゲノム領域に集積
次に、双極性障害の治療薬である気分安定薬の影響を調べるため、有効血中濃度域の気分安定薬(リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン)存在下でヒト神経系細胞株の培養を行い、DNAメチル化状態を測定したところ、双極性障害患者でDNAメチル化状態が変化した領域の約30%と重複が認められた。DNAメチル化変化の方向は死後脳での変化方向と逆方向を示すものが多く、治療効果を反映しているものと考えられた。
また、DNAメチル化変化に関連する10種の遺伝子の発現量を測定したところ、DNAメチル化酵素であるDNMT3B遺伝子が双極性障害患者で上昇しており、神経細胞特異的なDNAメチル化変化と関連している可能性が考えられた。
最後に、ゲノムワイド関連解析(GWAS)で同定された精神疾患に関連するゲノム領域とDNAメチル化状態が変化した領域を比較したところ、双極性障害のGWASで報告されたゲノム領域に有意な集積が認められ、うつ病や統合失調症で報告されたゲノム領域には集積は認められなかったという。
エピジェネティックな状態を標的とした治療薬の開発に期待
今回の研究成果により、神経細胞に特異的なDNAメチル化変化とその特徴が明らかにされたことで、双極性障害の病態の理解が大きく進むことが期待される。「エピジェネティックな状態を標的とした治療薬の開発が期待される」と、研究グループは述べている。
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