因果媒介分析で「歯の喪失→口腔の社会的な機能の低下→抑うつの発症」のメカニズムを解明
東北大学は4月16日、歯が少なくなると、会話や表情、食事といったコミュニケーションに関連するような社会的な口腔機能に影響し、抑うつの発症といった全身の健康状態の悪化につながる可能性が示唆されたと発表した。この研究は、同大大学院歯学研究科 歯学イノベーションリエゾンセンター 地域展開部門の相田 潤教授と草間太郎助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Affective Disorders」に掲載されている。
画像はリリースより
抑うつの発症には人とのつながりといった社会的な要因が影響することが過去の多くの研究により示唆されている。話す・笑う・食べるといった口腔の機能はコミュニケーションに深く関わっており、歯の喪失はこのような口腔の社会的な機能の低下を介して抑うつ発症につながると考えられる。しかし、これまでの研究では、そのメカニズムについては明らかにされていなかった。
そこで研究グループは今回、要介護状態にない地域在住高齢者を対象とした3年間の追跡研究から、因果媒介分析という手法を用いて「歯の喪失→口腔の社会的な機能の低下→抑うつの発症」というメカニズムを明らかにすることを目的として研究を行った。
歯が19本以下で抑うつ発症リスク1.3倍、歯を見せて笑えないことや咀嚼困難などと関連
研究では、2010年および2013に実施されたJAGES(Japan Gerontological Evaluation Study; 日本老年学的研究)調査に参加した要介護認定を受けていない65歳以上の高齢者のうち、2010年時点で抑うつ状態にない人を対象に、2010年時点での現在歯数(20本以上/19本以下)と3年後の2013年時点での抑うつ発症の有無についての追跡研究を行った。抑うつ状態については高齢者用うつ病尺度(GDS-15)を用いて評価し、15項目中5項目以上該当した人を「抑うつあり」とした。また、歯の喪失と抑うつ発症との間のメカニズムを説明する変数として、2010年時点での「うまく話せない(発音の問題)」「歯を見せて笑うのをためらう(表情の問題)」「咀嚼困難な食べ物がある(食事の問題)」の有無の3つを口腔の社会的な機能低下に関する媒介変数として用いた。分析に際して、性別、年齢、教育歴、等価所得、喫煙歴、独居、婚姻歴、併存疾患の有無といった交絡因子を調整変数として用い、ロジスティック回帰モデルを用いた因果媒介分析により、現在歯数と抑うつ発症の有無および、3つの媒介変数をそれぞれ投入した3つのモデルを作成。これらのモデルから、「自然な間接効果」をそれぞれ算出した。
自然な間接効果は、同研究では「歯の喪失→口腔の社会的な機能の低下→抑うつ発症」という経路の効果の大きさを表している。また、この自然な間接効果を「現在歯数→抑うつ発症」の全体の効果の大きさと比較することにより、各口腔の社会的な機能低下による経路が「現在歯数→抑うつ発症」のメカニズムのうち、どの程度説明できるのか(媒介割合)を明らかにすることができると考えた。
対象者8,875人のうち、3年間の追跡期間中に新たに抑うつ症状を発症した人は11.5%だった。また、現在歯数が20本以上の人で抑うつ症状を発症した人は9.2%だった一方、19本以下の人では13.1%だった。因果媒介分析の結果、現在歯数が19本以下の人では、抑うつ発症のリスクが全体の効果として1.30倍(95%信頼区間:1.12-1.51)高いという関連が示され、3つの口腔の社会的な機能低下に関する媒介変数について「うまく話せない(発音の問題)」が12.4%、「歯を見せて笑うのをためらう(表情の問題)」が16.9%、「咀嚼困難な食べ物がある(食事の問題)」が21.9%となり、それぞれが統計学的に有意にその関連を示していたという。
患者の社会的な機能回復という意味でも歯科治療は重要
口腔機能の低下が全身の健康状態の悪化につながることはこれまで多くの研究により明らかにされてきたが、そのメカニズムとしては、主に栄養状態や全身的な炎症状態により説明されることが多かった。しかし、今回の研究では統計学的により妥当な因果媒介分析という手法を用いて、栄養や炎症だけでなく、歯の喪失でコミュニケーションに関わるような「発音・表情・食事」といった口腔の社会的な機能が低下し、抑うつ発症のリスク上昇につながるというメカニズムがあることを明らかにした。
「歯の喪失は有病率の高い健康問題の一つであり、歯科治療などにおいて、患者の社会的な機能の回復という視点にも立って治療・介入を行っていくことも、その後の健康状態の悪化を予防するためには重要である可能性がある」と、研究グループは述べている。
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