運動療法の介入前後の唾液成分の分析と口腔内細菌叢のゲノム解析
筑波大学は4月9日、中年肥満男性を対象とした運動療法介入により、口腔内細菌叢の種多様性が増大すること、また、lipopolysaccharide(LPS)産生に関わる歯周病菌の菌数とLPS産生能が減少することがわかったと発表した。この研究は、同大医学医療系医療科学の正田純一教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「International Journal of Environment Research & Public Health」に掲載されている。
画像はリリースより
歯周病はさまざまな全身疾患と関連しており、歯周病の有病率はメタボリック症候群において高率だ。メタボリック症候群の肝臓における表現型の1つに、非アルコール性脂肪性肝疾患(nonalcoholic fatty liver disease:NAFLD)があり、現在、日本においてNAFLDと歯周病の両者は顕著に増加している。NAFLDのうち、非アルコール性脂肪性肝炎(nonalcoholic steatohepatitis:NASH)は、「細菌性肝炎」とも称されており、グラム陰性菌の細胞壁成分である菌体内毒素LPSが、その病態に大きく影響を及ぼしている。すなわち、LPSの蔓延が、全身性の炎症・酸化ストレス障害を引き起こし、肝病変を進展させると考えられている。
これまでLPSは、腸内細菌由来とされてきたが、近年、NASHと歯周病菌感染の関連性が報告されている。日本でも、NASHと歯周病が劇的に増加しているという臨床疫学のデータより、LPSの供給源は腸内細菌のみとは限らず、歯周病菌もその一翼を担っている可能性が指摘されている。また、歯肉炎や歯周炎の指標は、身体活動度が低い人や、日常生活における運動習慣に乏しい人で悪化していることから、身体活動と歯周炎の発症には関連性があるといわれている。しかし、こういった報告はいずれも横断的な研究であり、エビデンスとしての信頼性が低いため、歯周病に対する運動療法の介入研究が求められている。
NAFLDやNASHの予防と治療には、食事および運動療法以外にコンセンサスが得られた方法はない。研究グループは、これまでに、NAFLDを有する中年肥満男性を対象とした、食事と運動療法の臨床試験「減量教室」(良質な運動習慣、食習慣を身に付けることを目的としたプログラム)を実施してきた。その中で、運動療法が歯肉炎や歯周炎などの口腔内環境を改善することを明らかにしている。そこで今回は、同プログラムにおいて、3か月間実施した運動療法と食事療法の前後で、収集した唾液の成分分析、口内細菌叢のゲノム解析、さらに細菌叢の代謝機能の解析を実施し、運動療法が誘導する口腔内環境の改善の分子メカニズムを調べた。
12週間にわたり運動介入と食事介入を実施
運動介入は、同大で実施された減量教室参加者のうち、歯周病と診断されたNAFLDの中年肥満男性49人を対象に、講義とレジスタンス運動、有酸素運動を、1回90分、週3回行うプログラムを、2014年9~11月までの12週間に実施した。また、食事介入を、同じく21人を対象に、栄養や食習慣についての講義や相談を、1回90 分、週1回行うとともに、毎食摂取した品目を記録し、1食560kcal、1日1,680kcal を目標値とするプログラムを、2015年4~6月までの12週間実施した。運動介入群と食事介入群において年齢、体重、BMI、脂肪量、徐脂肪量の介入前値に差はなかった。
プログラム前後で、運動介入群では体重、BMI、徐脂肪量が増加を示したが、脂肪量は減少した。一方、食事介入群では、体重、BMI、脂肪量、徐脂肪量は減少した。また、TNF-α、LPS、IgAといった炎症に関わる物質、および歯周炎のバイオマーカーであるラクトフェリンの濃度が、運動介入群において減少したが、食事介入群においては、これらの物質の有意な変動は認められなかった。
運動介入後に口腔内細菌叢の種多様性が増大、歯周病菌数とLPS産生能が減少
運動介入前後で採取した唾液を用いて口腔内細菌叢のゲノム解析を行い、生物群集内の種多様性を表す指標であるα多様性とβ多様性について比較した。α多様性とは、菌数指標(Observed species)、菌種数の期待値(chao-1 index)、菌の均等度指数(Shannon index)からなる、各サンプル中に存在する細菌の多様性、つまり菌の種類と頻度を解析したもの。β多様性とは、群間での細菌の多様性を解析したものを指す。介入前後の比較では、α多様性において有意差は認めなかったものの、介入後に菌の種多様性が増大する傾向が見られた。また、β多様性については有意差が認められ、種多様性の増加が認められた。これらの結果から、運動療法により、口腔内細菌叢の種多様性が増大することが明らかとなった。
口腔内の菌種組成比解析では、口腔常在細菌であるActinomyces、Corynebacterium、Lautropia、Campylobacter の菌数が運動介入後に増加した一方、歯周病発症に関わるとされるPrevotella は減少した。加えて、メタゲノム機能予測の解析では、LPS生合成に関わる各代謝経路において(K02844を除く)、代謝遺伝子群の発現量の減少が認められた。
運動により、種多様性増大<口腔内マクロファージ貪食能増大・炎症病態軽減<歯周病改善、と推測
今回の研究で、運動療法が口腔内細菌叢の種多様性を増大させたことは注目に値する。種多様性の増大により、口腔内マクロファージの異物貪食能が増大するとともに、唾液中のLPSとTNF-αを減少させて炎症病態を軽減し、歯周病の臨床指標(歯周ポケットの深さや出血の有無)の改善をもたらす、というメカニズムが推測される。
日頃から運動習慣のある人では歯周病の有病率が低いという解析結果が、2019年に報告されていたが、一般に、運動が健康にもたらすベネフィットに関する具体的なエビデンスは、必ずしも十分に示されていないのが現状だ。「NAFLD 肥満者について、運動療法が、口腔内の細菌叢の構成や唾液成分の変化を介して歯周病の改善をもたらすことが実証され、肥満者、糖尿病、高齢者など歯周病の高リスクグループに対する健康管理の一環として、運動療法の重要性がより明確になった」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL 医療・健康