脳の発生過程におけるCHD8の機能は?
九州大学は4月7日、自閉症の原因タンパク質であるCHD8が、小脳の発生と運動機能に重要な役割を果たすことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大生体防御医学研究所の中山敬一主幹教授、金沢大学医薬保健研究域医学系の西山正章教授、川村敦生博士研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
自閉症は有病率1%を越える非常に頻度の高い神経発達障害で、胎生期の神経発生の異常により発症する脳の疾患。近年の自閉症患者を対象とした遺伝子変異解析により、クロマチンリモデリング因子の1つであるCHD8が最も変異率の高い遺伝子であることが報告されたことで、非常に注目されている。CHD8に変異を持つ自閉症患者では、社会的相互作用(コミュニケーション)の障害や、決まった手順を踏むことへの強いこだわり(固執傾向)、反復・限定された行動に加えて、不安障害や協調運動障害などがみられる。研究グループは、これまでにCHD8遺伝子に変異を持つ「自閉症モデルマウス」の作製を世界に先駆けて成功し、CHD8変異による自閉症発症メカニズムの解明を行ってきたが、脳の発生過程におけるCHD8の機能はほとんど明らかになっていなかった。
CHD8欠損の小脳顆粒細胞は、シナプス機能が顕著に低下
今回の研究ではまず、遺伝子操作で脳特異的にCHD8を欠失させたマウスを作製。同マウスの脳を調べたところ、特に小脳が顕著に小さくなっており、小脳の特徴的な層構造が失われていることがわかった。研究グループは、小脳の正常な働きにCHD8が重要で、CHD8変異による小脳の機能異常が自閉症患者でみられる特徴の原因になっているのではないかと考え、小脳におけるCHD8の機能解析に着手した。
小脳は主に協調運動や運動学習に関わる領域だが、自閉症患者で小脳病変も観察されていることから、自閉症の病因への関与も示唆されていた。脳の中で最も数の多い神経細胞である小脳顆粒細胞特異的にCHD8を欠失させたマウスを作製したところ、脳特異的にCHD8を欠失させたマウスでみられた小脳の低形成が再現された。CHD8を欠損した小脳顆粒細胞の前駆細胞は、増殖の低下と、それに伴う早熟な細胞分化の亢進を示すことが明らかになった。さらに、電気生理学的解析でCHD8を欠損した小脳顆粒細胞の機能を評価すると、シナプス機能が顕著に低下していることが判明した。
CHD8変異による障害が、自閉症患者の協調運動障害の原因になっている可能性
次に、CHD8の欠損による小脳の機能異常が自閉症患者でみられる症状の原因になっているかどうかを調べるために、マウスの行動を詳細に解析。その結果、小脳顆粒細胞特異的にCHD8を欠失させたマウスは自閉症の主な特徴である社会性の障害や繰り返し行動を示さなかったが、自閉症患者でよくみられる症状の1つである協調運動障害を示すことがわかったという。
CHD8はクロマチンリモデリング因子であるため、その変異は遺伝子発現に影響することが予想される。そこで研究グループは、CHD8を欠損した小脳顆粒細胞を用いて網羅的な遺伝子発現解析を行った。その結果、CHD8を欠損した小脳顆粒細胞では細胞増殖やシナプス機能、神経発生に関わる遺伝子の発現が顕著に低下していることが判明。これらの遺伝子の発現変化は、上述の小脳顆粒細胞特異的にCHD8を欠失させたマウスで観察された表現型と一致していたという。さらに、CHD8はこれらの遺伝子の転写開始点に強く結合していることがわかった。CHD8はクロマチン構造を変化させることで、直接遺伝子発現を制御していることが示唆された。
以上の結果から、CHD8は遺伝子発現の調節を介して、小脳顆粒細胞のシナプス機能や前駆細胞の増殖・分化などを制御しており、正常な小脳発生に重要な機能を担っていることが明らかになった。また、CHD8変異によるこれらの障害は、自閉症患者でよくみられる症状の1つである協調運動障害の原因になる可能性があることが判明した。
今回の知見が自閉症などの発症メカニズムの解明と治療薬開発の一助となることに期待
今回の研究成果により、CHD8が小脳の発生において非常に重要な機能を果たすことを示すと同時に、CHD8変異を持つ自閉症の病態に新たな知見が提供された。「本研究結果が、小脳の機能異常を伴う協調運動障害や自閉症などの発症メカニズムの解明と治療薬を開発する際の一助となることが期待される」と、研究グループは述べている。
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