抗加齢分子NMNが糖尿病性腎症で低下、先行研究より
慶應義塾大学は4月2日、糖尿病性腎症のドミノストッパーとなる治療法を発見したと発表した。この研究は、同大医学部内科学教室(腎臓・内分泌・代謝内科)の伊藤裕教授、脇野修准教授、長谷川一宏特任講師、安田格助教らの研究グループによるもの。研究成果は、米国腎臓病学会誌「Journal of the American Society of Nephrology(JASN)」に掲載されている。
画像はリリースより
糖尿病は生活習慣病で、国内の患者数は約1000万人と推定されている。糖尿病から生じる腎臓の障害(糖尿病性腎症)は、透析導入の最大の原因だ。糖尿病性腎症は、糖尿病や高血圧への治療が中心であり、腎そのものへの有効な治療法は存在しないことが、患者数と医療費増大に歯止めが利かない理由となっている。
腎臓は、流れ込む血液から尿を作り体の中の老廃物を排泄する。尿を作る場所は、濾過器の働きをする糸球体という部分で、毛細血管のかたまりとして糸くずのような構造となっている。この濾過器が目詰まりすれば尿は生成されず、逆に目の粗いザルのように素通りとなればタンパク尿となる。腎臓には、さらにこの濾過器で濾し取られた尿のもと(原尿)が通る尿細管がある。この部分では、必要な物は原尿から再吸収され、老廃物はさらに原尿の中に排泄される。こうして最終的に体外に排泄される尿が生成される。
研究グループは先行研究により、細胞機能を安定化させることなどが知られている抗加齢分子NMNが糖尿病性腎症で低下していることを見出した。このNMNは、腎臓ではこれまで尿の通り道という概念で捉えられていた尿細管で主に産生されており、その産生が減ると、糸球体の「濾過器」を構成する足細胞という細胞の機能にも異常が波及する。さらに、抗加齢分子Sirt1の足細胞での発現が低下し、本来は発現していない異常タンパク質の一つであるClaudin-1の発現が上昇してくる。
このような経過を経て、最終的には「濾過器」が障害されタンパク尿が出現するという一連の病気の流れを解明した。尿細管の細胞から糸球体足細胞へのNMNを仲立ちにした対話が途絶えてしまうことが糖尿病の極めて早い段階で生じ、発症に関与している。この連関を尿細管-糸球体連関と名づけた。
8週令の糖尿病性腎症マウスにNMNを2週間短期投与、その後中止しても24週令でアルブミン尿抑止継続
これまで、糖尿病性腎症の早期診断としてアルブミン尿(微量のタンパク尿)の検出が多く用いられてきた。これは糸球体の障害を早期に検出する方法だ。今回、研究グループは、すでにアルブミン尿が出る前から尿細管ではエネルギー代謝の失調を起こし、糸球体障害を招いていることを明らかにした。
尿細管-糸球体連関の破綻が生じた時には、もう既に糖尿病性腎症は発症している。今回研究グループは、この連関の破綻を修復する、枯渇したNMNを補充する新しい治療が有効である可能性を見出した。
糖尿病性腎症は、ある程度進むと進行を止めるのが困難だ。これまでの進行を遅らせる治療から、発症させない「先制医療」を実施すれば、発症や進行のみならず、重篤化も避けられるため高い効果を得られると予想される。同研究を進めることにより、「超早期」の介入によるヒトへの新たな治療法の開発が期待されるという。
具体的には、8週令の糖尿病性腎症(Diabetic Nephropathy)を起こしたマウスにNMNを2週間短期投与し、その後中止しても、24週令の解析でアルブミン尿(Albuminuria)の抑止が継続していた。
すなわち、NMNの短期投与が、投薬中止後もずっと良い効果を及ぼし続け、病気の進行を長期的に抑えることを可能にする治療手段への手がかりを見出したという。
新型コロナ重症化軽減に寄与する可能性も
新型コロナウイルス感染症の重症化危険因子の中には、糖尿病、慢性腎臓病、透析の3疾患が含まれ、これらの基礎疾患の免疫力低下が要因とされている。
糖尿病性腎症は糖尿病患者が慢性腎臓病を経て透析になる最大要因の疾患であり、この発症や進行を抑えることにより、慢性腎臓病や透析患者の発症抑止にも大きな成果が得られる可能性がある。また。新型コロナウイルス感染症の重症化軽減に寄与する可能性もある、と研究グループ述べている。
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