ヒト胃からのヘリコバクター・スイスの培養に世界で初めて成功、マウス感染実験を実施
日本医療研究開発機構(AMED)は3月24日、ヒト胃からのヘリコバクター・スイスの培養に世界で初めて成功し、マウス感染実験によりヘリコバクター・スイスが胃の病原細菌であることを証明したと発表した。この研究は、国立感染症研究所細菌第二部の林原絵美子主任研究官、柴山恵吾部長、同研究所薬剤耐性研究センターの鈴木仁人主任研究官、杏林大学の徳永健吾准教授、北里大学の松井英則講師らの研究グループらの研究グループによるもの。研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)はヒトの胃に感染し、胃がんや消化性潰瘍の原因となる病原細菌だが、1983年にオーストラリアのロビン・ウォレンとバリー・マーシャルによる培養が成功したことにより、病原性解析、診断法の開発、治療法の確立がされてきた。
一方、ヒト胃に感染するピロリ菌以外のヘリコバクター属菌は「ハイルマニイ菌」とも呼ばれ、ピロリ菌が検出されない胃疾患の発症原因であることが、1980年代より示唆されていた。現在ではハイルマニイ菌と呼ばれていた菌の多くが、豚を自然宿主とする「ヘリコバクター・スイス」であることがわかってきた。主に幼少期に感染し、除菌すれば再感染はまれなピロリ菌と異なり、ヘリコバクター・スイスは成人でも感染リスクのあることがわかっている。ピロリ菌の国民総除菌時代を迎え、ピロリ菌の感染率の低下に伴い、ヘリコバクター・スイスは胃関連疾患における重要な病原体となることが予想される。しかし、これまでヘリコバクター・スイスは、ヒト胃からの分離培養ができなかったため、病原性や感染経路などの詳細を解明することが困難だった。
ヘリコバクター・スイスが、ヒトにも病原性を有する人獣共通感染症の起因菌である可能性
ピロリ菌は中性条件を好むが、ピロリ菌のもつ強力なウレアーゼ活性により自身の周りの酸を中和することで、強酸性の胃内でも生存することができる。一方、ヘリコバクター・スイスはpH5付近の弱酸性条件を好む。研究グループは今回、ヘリコバクター・スイスが中性条件下では短時間でその生存性が顕著に低下することに着目。胃生検組織を酸性条件に保つことにより、ヒト胃からヘリコバクター・スイスを培養することに世界で初めて成功した。
また、患者の胃から分離されたヘリコバクター・スイスを用いたマウス感染実験で、感染4か月後のマウス胃粘膜に、炎症性変化および化生性変化などの病態発症が確認された。さらに、ゲノム解析により、感染マウスの胃から分離された菌が感染させた患者由来のヘリコバクター・スイスと同じであることが明らかになった。つまり、コッホの原則により、ヘリコバクター・スイスが胃の障害を引き起こす病原細菌であることが確認された。
臨床検体から分離されたヘリコバクター・スイスの完全ゲノム配列を決定し、豚由来株のゲノムと比較したところ、ヒト由来株のゲノムは豚由来株のゲノムに類似しており、豚に感染しているヘリコバクター・スイスがヒトにも病原性を有する人獣共通感染症の起因菌である可能性が強く示された。
菌に特異的なタンパク質を標的とした感染診断法の開発促進などに期待
ヘリコバクター・スイスはピロリ菌の持つ主要な病原因子であるCagAやVacAを保有しないことから、ピロリ菌とは異なる機序でその病態を発症すると考えられている。今回の研究では、ヒト由来ヘリコバクター・スイスのゲノム上には菌株特異的なplasticity zoneが存在していることを明らかにしており、今後、これらの領域を含む病原因子の感染における役割の解明が期待される。
また、ヘリコバクター・スイスなどのピロリ菌以外のヘリコバクター属菌は、ピロリ菌検出法では検出できないため、主に胃生検体から調製したDNAを材料としたPCR法で感染診断が行われていたが、今回ヘリコバクター・スイスが培養できるようになったことで、菌に特異的なタンパク質を標的とした感染診断法の開発が促進されることが期待される。「本研究ではヘリコバクター・スイスの薬剤感受性測定法を確立しており、今後ヘリコバクター・スイスの薬剤感受性情報が蓄積されることにより、最適な治療法の確立に有用な情報が得られると考えられる」と、研究グループは述べている。
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・日本医療研究開発機構(AMED) プレスリリース