がん種によりがん幹細胞も多様であることが根絶治療開発を困難に
北海道大学は3月30日、ハイドロゲルが24時間という極めて短時間で、がん細胞を先祖返りさせて、がん幹細胞を誘導することを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院腫瘍病理学教室兼北海道大学化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)の田中伸哉教授、同大大学院先端生命科学研究院の龔 剣萍(グンチェンピン)教授、安田和則名誉教授、国立がん研究センター研究所の間野博行所長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Biomedical Engineering」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
現在、日本のがん死亡者数は年間38万人に達し、死因の第1位であり、がんの克服は医療の最大の課題だ。2019年からがんゲノムパネル検査が開始され、数多くのがん患者が分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害剤などで治療されている。しかし、がんの5年生存率は約66%で根治には至っていない。その理由は、がん組織の中に化学療法や放射線療法に耐性を示すがん幹細胞が存在し、遠隔転移や数年後の再発の原因となるからだ。
現在、世界中でがん幹細胞を検出する方法が盛んに研究されているが、臨床応用されているものはない。実用化されない原因として、がんの種類によってがん幹細胞の性質がさまざまで、多様性があることがあげられる。今回の成果は、短時間で簡単にがん幹細胞を誘導することができるため、実臨床への応用が期待されるものだ。
DNゲルを用い、多くのがん種でがん幹細胞の迅速誘導に成功
今回実験に用いたのは、龔教授が開発した、アクリルアミド・プロパンスルホン酸と、ジメチルアクリルアミドが網目状に組み合わさって作製されたダブルネットワーク(DN)ゲル。これらの化学物質は、乳液などに使われている身近なものだ。方法は簡単で、特別な培養液は必要なく、ゲルの上にがん細胞をまくだけで、24 時間以内に急速に球状の形を形成して、がん幹細胞マーカーが増加することがわかった。がん幹細胞マーカーとは SOX2、OCT3/4など、2012年ノーベル医学・生理学賞を受賞した山中ファクター。DNゲルによって誘導されたがん幹細胞は500個という少数の細胞でもマウスの体の中で大きな腫瘍を作ることからがん幹細胞性を持つことがわかった。この方法は、現在国内特許及び国際特許が出願されている。
DNゲルは、肺がん、乳がん、肝がん、膵がん、大腸がん、中皮腫、肉腫、悪性脳腫瘍、髄膜腫などの多くのがんで、がん幹細胞を誘導した。詳しい解析を行うと、ゲルによるがん幹細胞誘導には、ゲルにまいてから数時間の早い段階ではイオンチャネル受容体の働きが重要で、12時間以降は、オステオポンチンの働きが必要なことがわかり、ゲルからの段階的な刺激によって先祖返り(リプログラミング)が進行すると判明。この現象は、ハイドロゲル活性化リプログラミング(HARP)、すなわちハープ現象と命名された。
がん診断・根絶薬剤開発の基盤となることに期待
悪性脳腫瘍の手術材料に由来するがん細胞は、DNゲルの上で培養すると血小板増殖因子受容体を発現することが判明し、それに対する分子標的薬を使用すると細胞死が誘導された。よって、この方法を用いれば、患者個別に治療薬を選択できる可能性がある。また、悪性脳腫瘍と膀胱がんの細胞を用いて、約400種類の抗がん剤を調べたところ、がん幹細胞を選択的に消滅させる治療薬の候補を発見。今後、何万種類という大規模な薬剤ライブラリーをスクリーニングすることで、がん幹細胞に対する特効薬の開発が期待される。
がん幹細胞が極めて短時間で誘導できることは、がん患者の生検検体を用いて、再発のもととなるがん幹細胞の性質を明らかにすることができるため、初発の段階で、患者ごとに個別に将来の再発予防薬がわかる可能性がある。また、乳がんなど初回手術から10年後の再発などということがあるが、そのような再発を防止するがん幹細胞治療薬の開発に貢献することが期待される。さらに、中皮腫、悪性脳腫瘍、肺がんなどのがん幹細胞を根絶する治療薬を同定することにより、これらの悪性腫瘍の予後の改善の可能性がある。「このゲル基盤は将来のがん医療のさまざまな方向での発展の基盤となることが期待されると、研究グループは述べている。
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・北海道大学 プレスリリース