乳幼児期の腸内SCFAと腸内細菌叢の関連性は、ほとんどわかっていなかった
株式会社ヤクルト本社は3月30日、乳幼児を対象に生後2年間の腸内細菌叢の形成過程および腸内細菌の代謝産物である短鎖脂肪酸の構成との関連性について調査した結果を発表した。この研究は、ヤクルト本社と国立遺伝学研究所の研究グループによるもの。研究成果は、「The ISME Journal」に掲載されている。
画像はリリースより
乳幼児における腸内細菌叢の形成は出生直後に始まること、成人とは異なった構成であることなどが明らかとなっている。乳幼児期の腸内細菌叢の形成には、出産様式、摂取するミルクの種類、抗生物質の曝露などの環境要因が影響することが確認されている。また、乳幼児期におけるビフィズス菌優勢の腸内細菌叢形成には、ビフィズス菌による母乳中のオリゴ糖の利用性が重要であることも最近の研究で明らかとなってきた。
一方、近年の研究により、乳幼児期の腸内細菌叢の形成過程は生涯にわたってヒトの健康や疾病(肥満症、喘息、1型糖尿病、栄養不良など)のリスクに影響を及ぼすことがわかっている。また、腸内細菌が産生するさまざまな代謝産物のうち、酢酸は脂肪蓄積を抑制したり、酪酸は腸上皮細胞の主要なエネルギー源として大腸の機能維持に寄与するなど、短鎖脂肪酸(以下、SCFA)はヒトの生理機能に影響すると考えられている。しかし、乳幼児期の腸内SCFAと腸内細菌叢の関連性については、ほとんど調べられていなかった。
今回研究グループは、生後2年間の腸内SCFAの種類と量を調べてその変化のパターンを明らかにするとともに、腸内細菌叢との関連性を調べ、乳幼児期の腸内SCFA産生に関わる菌群と代謝経路、およびそれに関わる遺伝子の同定を試みた。
乳幼児期の腸内細菌叢と短鎖脂肪酸の構成変化が連動している可能性
研究では、通常分娩で生まれた後、母乳で育てられた乳幼児(在胎37~42週)12人を対象とし、生後2年間の便サンプルを採取した。(1人あたり最大92サンプル、計1,048サンプル)。これらのサンプルについて、16S rRNA遺伝子を標的とした腸内細菌叢構成の解析、SCFA濃度の測定を行った。
生後2年間の乳幼児の腸内細菌叢の構成を調査した結果、Enterobacterales、Bifidobacteriales、Clostridialesのいずれかが優勢であることを特徴とする3つのタイプに大別された。また、出生直後はEnterobacterales優勢だが、その後はBifidobacteriales優勢となり、生後1年を過ぎてからはClostridiales優勢となることが確認された。さらに、Bifidobacteriales優勢からClostridiales優勢への移行は、多くの乳幼児で授乳をやめた時期と一致していた。
乳幼児のSCFA濃度を調べたところ、酢酸、酪酸、プロピオン酸、コハク酸、乳酸、ギ酸などが検出され、その構成に応じて「1型SCFAプロファイル:酢酸濃度が低く、コハク酸濃度が高い状態」「2型SCFAプロファイル:乳酸とギ酸濃度が高い状態」「3型SCFAプロファイル:プロピオン酸と酪酸濃度が高い状態」という3つのタイプに分類された。さらに、生後の経過に応じて、1型から2型、3型SCFAプロファイルへと段階的に移行することも確認された。
腸内細菌叢とSCFAの関連性を調べたところ、Enterobacterales優勢菌叢が形成されていたサンプルの多くは1型SCFAプロファイルに分類されること、Clostridiales優勢菌叢が形成されていたサンプルの多くは、3型SCFAプロファイルに分類されることがわかった。一方、Bifidobacteriales優勢菌叢が形成されていたサンプルのSCFAプロファイルは多様な型を示したが、2型SCFAプロファイルのサンプルの多くはBifidobacteriales優勢菌叢だった。
Clostridialesに属する一部の菌種は酪酸の産生に関わることが知られているが、乳幼児期の酪酸産生に主要な役割を果たす菌種やその代謝経路はわかっていなかった。しかし、今回の研究で、乳幼児期のClostridialesは多様な菌種から構成されること、Clostridialesの一部の菌種のみが酪酸産生に関わる遺伝子および代謝経路を持っていることがわかった。また、授乳の停止とともに腸内のClostridialesの占有率が上昇し、酪酸濃度も増加することが明らかになった。
乳酸およびギ酸濃度の上昇とBifidobacterialesの定着は概ね一致し、特にBifidobacterium
longum subsp. infantis(以下、B. infantis)、Bifidobacterium bifidum(以下、B. bifidum)と腸内の乳酸、ギ酸濃度は高い相関を示すことがわかった。さらに詳細な解析を行ったところ、B. infantisおよびBifidobacterium breve(以下、B. breve)は、母乳オリゴ糖の構成糖であるフコースを取り込み、利用してギ酸を産生する代謝遺伝子群をもつことが確認された。B. bifidumはギ酸産生に関わる遺伝子を持っていなかったが、菌体外でフコシルラクトースを分解して他のビフィズス菌にフコースを提供することにより、腸内のギ酸産生に間接的に寄与することがわかった。
今後、SCFAの生理作用の解明へ向けた研究が進むことに期待
今回の研究成果により、乳幼児の生後2年間の腸内細菌叢やSCFAの構成がそれぞれ3つのタイプに大別され、生後の経過に応じて変遷するという法則性が見出された。さらに授乳停止後の腸内の酪酸濃度の上昇にはClostridialesに属する菌種が関与すること、母乳保育期において特徴的に観察される腸内の乳酸とギ酸の上昇には、母乳オリゴ糖の利用性が高いビフィズス菌が主要な役割を果たすことが見出された。また、それぞれのSCFAの産生に中心的な役割を果たす遺伝子群や、菌種間相互作用が明らかにされた。これまで、腸内細菌が産生する乳酸、ギ酸の生理作用は、成人の腸内ではそれらの濃度が低いため、ほとんど研究が行われていなかったが、同研究により、乳幼児期の一定期間、乳酸とギ酸が高い状態が存在することが明らかとなったことをきっかけに、今後これらのSCFAの生理作用の解明へ向けた研究が進むと期待される。
研究グループは、「腸内細菌の産生するSCFAがそれぞれ異なる生理作用を発揮することを鑑みると、乳幼児の腸内細菌叢を標的としたプロバイオティクスの開発や疾病予防法の検討などには、本研究で明らかとなった腸内細菌叢と代謝産物の段階的な変化、および腸内細菌の特性を考慮する必要があると考えられる。今後も腸内細菌叢の構成を決める因子の同定、および腸内細菌と宿主の健康に関する研究を通じて、人々の健康に貢献できるよう努めていく」と、述べている。
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