抗マラリア薬の多面的な薬理作用の仕組みは不明
東京大学は3月27日、抗マラリア薬が、pHの上昇で塩基性両親媒性薬剤(CAD)構造に変化し、酵母の脂質膜に局在して単糖輸送体機能を阻害し、抗菌作用を示す機構を初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院理学系研究科の北川智久大学院生(研究当時)、松本惇志大学院生、寺島一郎教授、上園幸史助教の研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Medicinal Chemistry」に掲載されている。
画像はリリースより
抗マラリア薬には抗原虫作用だけでなく、免疫抑制作用を示すものもあり、臨床薬として使用されてきた。細胞レベルでは、さまざまな微生物への抗菌や抗ウイルス作用、また抗がん作用も知られているが、なぜこのような多面的な薬理作用があるのかわかっていない。また、新型コロナウイルスに対する、抗マラリア薬クロロキンの曖昧な臨床作用でも知られるように、これら細胞レベルの作用の多くは臨床では確認できない。このような細胞と臨床レベルの作用の不一致は、抗マラリア薬に限らず、薬剤開発に莫大な費用がかかる原因の一つでもある。さらに、クロロキンは、卵形、三日熱、四日熱マラリア原虫の3種には現在でも有効だが、最も致死率の高い熱帯熱マラリア原虫には効かない。そのため、世界中の研究者が原虫側の要因に着目して研究しているが、いまだ解明には至っていない。
構造類似のQCとCPZ、局在が違う理由はpHによる構造の変化
今回、研究グループは、従来の原虫側からの視点ではなく、pHに応じた抗マラリア薬の構造変化に着目して生物作用との関係解明を試みた。抗マラリア薬の抗菌作用に着目し、出芽酵母を用いて解析を実施。人工合成のマラリア薬として1932年に初めて開発されたキナクリン(QC)の構造は、抗精神病薬のクロルプロマジン(CPZ)とよく似ているが、QCは酵母の酸性液胞内に蓄積し、CPZは脂質膜に局在する。なぜ局在が違うのか、その原因を構造側から調べることにした。
QCの酵母への抗菌作用は、pH5からpH8へのCAD型の増加に応じて指数的に増強したため(約600倍)、CAD型が抗菌作用を示すと考えられた。このCAD型QCは酵母の脂質膜にも局在し、CPZと同様に、単糖輸送体の機能を基質認識以外の部位で阻害して糖飢餓を誘発し、高濃度では膜自体を破壊することがわかった。したがって、脂質膜の配向に沿って非特異的に局在したCAD型QCが、さまざまな膜タンパク質の機能を阻害することで多面的な薬理作用を示すと考察された。
CPZは疎水性部位と正に帯電した親水性部位を持つ塩基性両親媒性薬剤(CAD)構造なので、同じ両親媒性構造の脂質膜に局在すると考えられる。同様なCAD構造がQCにもあるのではと考え、計算化学で構造変化を推定して解析した。その結果、QCはpH上昇に応じた窒素の脱プロトン化で、親水性(HP)型、CAD型、脂溶性(LP)型と、物性が異なる構造に変化することが判明した。
CAD型を形成するpH域は薬剤種で異なる
pH上昇に伴うCAD型の増加と指数的な抗菌作用の増強は、クロロキンでも確認できたため、これら抗マラリア薬の薬理作用にはCAD構造が重要と研究グループは結論づけた。これは逆に、正常な血中pH7.4からのわずかな低下でCAD構造が減少すると、薬効が大きく低下することを示している。つまり、熱帯熱マラリアやCOVID-19患者は体液の酸性化を併発するため、これらの抗マラリア薬は酸性化の度合いに応じて薬効が低下し、重症化すれば効力を失うことになる。これは単一のpH(7.4)で評価した細胞レベルの薬物作用が、複雑なpHの臨床レベルでは合致しない原因とも考えられる。さらに、今回の研究ではCAD型を形成するpH域が薬剤種で異なることも明らかにした。これに基づいて患部のpHでCAD型となる薬剤を選定すれば、効力を示す可能性がある。
今回の成果から、薬物耐性は耐性菌(細胞)の出現だけでなく、薬剤によっては患者側の健康状態(pH)の変化でも生じうると考えられる。そのため、感染症の場合、患者や感染部位のpH状態を把握した上で、薬剤を選定・探索する必要がある。例えば、肺炎で体液が酸性化しているCOVID-19重症患者にあえて抗マラリア薬を投与する場合、クロロキン系ではなく、pH低下でCAD構造が減少しないキニーネやプリマキンが適切な可能性がある。このようなpHに応じた構造と物性の変化は、抗マラリア薬に限らずさまざまな化合物でも確認できるため、薬物の耐性機構に新たな視点を提供しうる。また、CAD系薬剤は脂質膜を標的とするため、「うまく設計すれば、病原菌側の膜タンパク質の変異に影響されない、優れた抗菌・抗ウイルス薬となる可能性がある」と、研究グループは述べている。
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・東京大学大学院理学系研究科・理学部 プレスリリース