福島県民の健康への不安解消の対策の一環として研究
量子科学技術研究開発機構(量研)は3月5日、ヒト家族性大腸腺腫症のモデルマウスで、カロリー制限が小児期被ばく後の消化管腫瘍が大きくなることを抑え、悪性化を予防する可能性を明らかにしたと発表した。この研究は、量研量子医学・医療部門放射線医学総合研究所放射線影響研究部の森岡孝満研究統括と柿沼志津子部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Anticancer Research」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
福島県では、震災後に「第二次健康ふくしま21計画」を掲げ、生活習慣病の改善によるがん予防に加え、東日本大震災及び原子力災害の影響に配慮した健康づくりを推進している。この計画策定から5年後(2018年度)に行われた中間評価では、「脂質異常」「メタボリックシンドローム該当者及び予備軍」「適正体重を維持している者の割合」等に関連する指標が悪化傾向にある結果となっている。脂質異常やメタボリックシンドロームは肥満と関係するだけでなく、大腸がんのリスクを上昇させると言われている。
量研は、福島県民の健康への不安解消の対策の一環として、実験動物を用いて放射線による健康影響の研究や生活習慣改善による健康影響の予防研究を進めている。研究グループはこれまでに、実験動物であるマウスを用いて、被ばくに起因する寿命短縮、肝がんや肺がんの発生をカロリー制限が予防することを明らかにし報告してきた。しかしながら、生活習慣病と密接に関係する大腸がんに対する予防効果は、わかっていなかった。
Minマウスで小児期被ばく後カロリー制限の大腸がん予防効果を検討
大腸がんのモデルマウスとして知られるMinマウスは、もともとがんの抑制遺伝子であるApcと呼ばれる遺伝子の一対の遺伝子のうち一方に変異が生じており、さらに残り(正常側)の遺伝子が有糸分裂組換えや染色体不分離を始めとする変異で機能を失うことによって、消化管腫瘍を自然発症する。
今回、研究グループは、Minマウスを用いて、小児期(2週齢)に放射線を照射し、カロリー制限の開始時期(小児期、若成人期、成人期)の異なるマウスに発生したそれぞれの消化管腫瘍について、腫瘍数、サイズ分布及び悪性度の解析を行い、カロリー制限のがん予防効果を調査した。
具体的には、Minマウスを用いて、非照射群と生後2週齢時に放射線(エックス線、2Gy)を照射し、カロリー制限しない群、4週齢、10週齢及び20週齢からカロリー制限を開始した群に発生した腫瘍の総数、大きさ及び悪性度の解析を行った。実験では、被ばくの影響を見やすくするために、高線量(2Gy)の放射線を使用した。また、カロリー制限は量研が以前に行った先行研究と同様に、発達期の成長阻害などの影響が無いと結論づけた32%とした。
小児期被ばく後、大人になってからのカロリー制限開始でも腫瘍の悪性化を効果的に抑制
実体顕微鏡を用いて腫瘍サイズを計測した結果、カロリー制限により5mm以上の大きいサイズの腫瘍数が有意に減少していた。また、成体期から開始したカロリー制限でも効果的であることが明らかになった。加えて、大腸がんに進行することもある良性腫瘍の発生に関係が知られている血液中の中性脂肪を測定した結果、カロリー制限により有意に減少することも明らかになった。
さらに、研究グループは、腫瘍の病理組織解析により、血管、リンパ管などのまわりの組織への浸潤などを指標として、悪性度の評価を実施。その結果、カロリー制限は照射によって増加する悪性腫瘍の割合を抑え、成体期からのカロリー制限でも悪性腫瘍の割合を抑える傾向がみられた。また、カロリー制限は、良性腫瘍から悪性腫瘍への進展を抑制することもわかった。このように、カロリー制限は、高線量の被ばくによる影響にも予防効果があることが明らかになった。以上より、カロリー制限は血液中の中性脂肪の増加を抑えることで腫瘍の悪性化を予防する可能性が考えられた。
今回の研究により、カロリー制限の放射線誘発消化管腫瘍に対する予防効果がマウスで明らかとなった。東京電力福島第一原子力発電所事故では、被ばくの線量が少なかったため発がんリスクの問題はないと言われているが、今回の成果は、放射線災害による被ばくや、放射線を利用した検査・診断・治療による医療被ばく後に懸念されている発がんに対する不安に応え、予防法の開発につながるものと期待されるという。
研究グループは、カロリー制限と同様の効果を有する摸倣剤や一般的な飼育環境よりも活発に運動できる環境で飼育することによる被ばく後の発がんリスクの低減化効果についても解析を行っており、今後は、さらに解析を進め、被ばくに関連する発がんを含む健康影響の予防効果の仕組みを明らかにしていきたいとしている。
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・量子科学技術研究開発機構 プレスリリース